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第二章 アルカディア王国編

54.娼館への帰還

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走り続ける車の中から、だんだんと小さくなっていく宮殿を見つめる。初めて見た時はその美しさに目を奪われたのを覚えている。今は小さなドールハウスに納まってしまうほどの大きさになった宮殿は、私がもうその場所へ戻ることが出来ないと教えていた。

ヴィラに頼まれた土産物はなんとか準備出来ていたから良かった。アルカディアに滞在中、三度に渡って送ってくれたナターシャの葉書は一緒にトランクに詰めて帰っている。

「昼はどこで食べようか?」
「国境近くにハンバーガー屋があったと思うが」
「それでもいいね。リゼッタは何がいい?」
「私は…なんでも、」

ミラー越しに運転席に座ったウィリアムが気遣うようにこちらを見た。鹿狩りの時に肩を借りて号泣して以来の再会だから、なんとも気不味い。「ノアの恋人は損な役回り」と彼は言っていたっけ。

彼の親切な助言に従って、素直に辞退しておけば良かった。気持ちを伝えて心を明け渡してしまった今、ノアの存在は私の心臓の一等席にどんと座り込んでいる。忘れたくても、消し去りたくても、どうにも退いてくれそうにない。

「ウィリアムさん、貴方は正しいです」
「?」
「確かに損な役回りでした」

ウィリアムは渇いた声で少し笑った。
ノアは事情が分からないといった顔で私とウィリアムを見比べる。説明するほどお人好しでもないので、私はまた目を閉じて、車のエンジン音を聞いていた。



◇◇◇



昼前に出発した車がカルナボーン王国の郊外にある娼館セレーネに到着したのは夜も0時を過ぎた頃だった。

娼館はまさに賑わう時間帯を迎えており、呼び鈴を鳴らしても暫く姿を見せなかったナターシャは相当忙しいのだろう。こんな時に帰って来てしまって申し訳なく思う。

「ナターシャ、久しぶりだね」
「あんた…来るなら連絡ぐらい寄越しな」
「予定が変わってね、突然ごめん」

ノアの挨拶に対して、不機嫌な様子で眉間に皺を寄せるナターシャの後ろから、ヴィラが顔を覗かせた。

「リゼッタ!本当に帰って来た!」
「ヴィラ…!」
「てっきりアルカディアで皇太子妃にでもなっちゃうかと思ってたわ。おかえりなさい!」

強すぎる冗談を何とか笑顔でかわして、ノアに手伝ってもらいながら、重たいトランクを車から下ろした。車に乗ったままのウィリアムに別れの挨拶をすると、彼にしては珍しく少しだけ口角を上げて笑ってくれて驚く。

ずるずるとトランクを引きずって玄関に立つ。
お腹は空いていない?と聞いてくれるヴィラの質問に答えながら、ノアの方を振り返った。

こういう形で最後を迎えることは、まだマシかもしれない。二人きりだときっと泣いてしまうし、最悪の場合は帰りたくないと駄々を捏ねてしまうだろう。優しいノアが私を跳ね返すことも難しいだろうから、こうやって皆の前で別れの挨拶を交わすのが一番良い。

「今まで、ありがとうございました」
「……こちらこそ」
「貴方のお陰で楽しい夢の中を生きることができました。アルカディアに戻っても、どうかお元気で」
「迎えに来るよ」
「………、」
「必ずリゼッタを迎えに来る。だから、待っていて」

言葉は返さずに、俯いたまま静かに頭を下げた。
ノアと話すことがあるというナターシャを残して、ヴィラと娼館の中へ足を踏み入れる。最後の最後にノアの顔を見ることが出来なかったのは、私の弱さ。

「……っけほ」
「大丈夫、リゼッタ?」

心の暗転に伴うように心臓は重くなって、それまで真人間だった私の身体は再び低空飛行を始める。アルカディアではあんなに元気だったのに、と頭の隅で思ったが、そちらが夢だっただけで今の自分が現実なのだ。

強がっていても結局ダメで、人が少ない食堂の中でヴィラに出されたコーヒーを飲みながら、私は情けない顔で泣いてしまった。思い出話をするには、まだ時間が必要。


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