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第二章 アルカディア王国編
51.二人で見た夢
しおりを挟む「花を見に行こうか?」
ノアがそんなことを急に言い出したのは、暖かく晴れた昼下がりのこと。聞くと、ここから車で一時間ほどのところに小さな村があり、そろそろ春の花が咲き始める頃だという。
アルカディア王国でしか見られないというその光景に惹かれて、私は快く承諾した。準備をして玄関まで降りると、ノアは車の鍵をブラブラさせながら外へ出ていく。てっきり誰かが運転すると思っていたから、私は驚いて彼に問い掛けた。
「え、貴方が運転なさるのですか?」
「そうだけど…不安?」
「いえ。あまり、王子が自らハンドルを握るなんて聞かないので……」
「そうかな?べつに普通だよ」
アルカディアの国王夫妻の放任主義故か、ノアは王族にしてはかなり自由に過ごしている。そもそも他国の娼館に入り浸っている時点で驚くことではあるけれど、こんな風に自分の行きたい場所へ自分の力で行けるというのは、カルナボーン王国では有り得ない。
心配なら誰かに頼む?と聞かれたので慌てて首を振った。せっかくノアと二人で出掛ける良い機会なのだ。無駄にはしたくない。
シートに腰を下ろして窓の外を眺めた。夢のようだと思う。カルナボーンに居た時は考えたこともなかった。自分が、誰かの運転する車に乗って出掛けるなんて。その相手がノアであることも重要なポイントだった。彼はいつも、私を常識から引っ張り出して、新しい世界を見せてくれる。
「ノアはまるで御伽話の王子様みたいですね」
言いながら、自分でも子供染みた事を言ってしまったと少し恥ずかしくなった。実の王子を相手に「王子様みたい」だなんて幼稚な感想だと思う。
「どうだろうね。リゼッタにとってそうでありたいけど」
「……だとしたら、十分そうですよ」
「本当?嬉しいな」
「ノア…本当にありがとう」
想いを込めて目を閉じる。
このまま二人で何処かに行ってしまいたいと思った。近い将来に待ち受ける色々な困難から目を背けて、手を取り合って誰も知らない街へ、二人で。
少し窓を開けるとふわりと春の匂いがした。
草木が芽吹き、永い冬の終わりを祝っている。
小高い丘をいくつか超えて、トンネルを抜けた先で車は停車した。にわかに活気付いた小さな街では、幼い子供らが走り回り、女たちは道端に立って話をしながらその様子を眺めている。
土で出来た細い道を抜けたところは花畑のようになっているようだった。建物の隙間から見えるその光景は、まるで綺麗な絵が描かれたパズルを構成する一つのピースのようで胸が躍る。
「あっちに行こう、付いてきて」
ノアに手を引かれて歩き出す。
式典などに顔を出さないためか、アルカディア王国ではノアは本当に顔が知れ渡っていないようだった。もちろん、ウィリアム・クロウの屋敷で働くメイドや宮殿の使用人には知られているけれど、この小さな街において、スイスイと通りを進むノアのことを誰も自国の王子であるとは気付いていないみたいだ。
「ずっと、リゼッタに見せたかったんだ」
砂利道を進んで辿り着いたのは、天国のような景色。
小さな花が所狭しと絨毯のように敷き詰められ、ずっと遠くまで広がっている。屈んでみると、その白い花からは微かに鼻腔をくすぐる甘い匂いがした。
「………すごくきれい」
今、消えてしまえたらどんなに良いだろう。
幸せの絶頂とはきっとこの瞬間のことで、私の隣には愛するノアが居て、目の前には夢のようなお花畑が広がっている。こんなに最高のシチュエーションは無いはずだ。
誰も居ない花畑の中央で横になって目を閉じた。柔らかな風が吹いて、頬を撫でて通り過ぎて行く。このまま時間が止まれば良いと強く願う。私の人生の最高地点はおそらく今だから。もう何も悲しい思いをしたくない。願わくばずっと、こうしてノアと一緒に居たい。
「そうやっているとお姫様だね」
私の側に手を突いて、目を細めたノアが笑う。
覗き込むように近付いた顔の輪郭に指を這わせた。綺麗な銀色の髪も、私を魅了する赤い瞳も、薄い唇も、すべてが狂おしいほど愛しかった。これが恋という感情ならば、私はもう二度と恋なんてしたくない。こんなに身を焦がすのは、一度きりで十分だから。
「リゼッタ…?」
「ノア…貴方のこと好きなのに、」
続く言葉を飲み込んで、キスをした。
ノアは驚いたよう目を開いたけれど、すぐに舌を絡めて応えてくれる。先の見えない恋は悲惨だ。溶け切るほどに愛を深めても、その一寸先には闇があるかもしれない。
ノアのことを好きなのに、私には彼との将来が見えない。
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