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第二章 アルカディア王国編
36.泡沫が見た夢【N side】
しおりを挟むスヤスヤと眠る白い肌に手を這わす。
茶色い髪は汗で少し湿っていて、リゼッタが眠っている間に風邪を引いてしまわないか心配になった。
「……これは説教コースかな」
怒り狂うナターシャの顔を想像して溜め息を吐く。
娼館からリゼッタを預かっている間は、どうにか手を出さずに済ませる予定だった。第一に彼女は大切な借り物だし、そもそも相手は怪我人なのだ。
無理をしても良いか、なんて馬鹿げた質問をして彼女の逃げ道を塞いだ上で事を運んだ自覚はある。これは大いに有罪だろう。嫌われてしまっていないか不安になった。恋人の振りを強要することで、少しタガが外れたのだろうか。
今まで閉ざされた空間で二人きりの時間を過ごしていたリゼッタと娼館外で会う。それはつまり、彼女が自分以外の人間と接触する可能性もあるわけで。昨日の場合はアリスが変な提案をしたせいで、色々な計画が頓挫した。二人で話す時間もほとんど無かったし、仕方ないとは言えどウィリアムの相手をする彼女を見るのはストレスだった。
随分と我儘、そんなことは分かっている。
あのまま娼館で彼女と逢瀬を重ねていたら、籠の中の蝶のように共に過ごす間だけはリゼッタは自分だけを見てくれた。しかし、カルナボーンの第二王子が余計な事をしてくれたので娼館で会うことも叶わなくなってしまった。それならば、籠を開いて連れ出そうと思うのは当然だと思う。
「リゼッタ…君を困らせてばかりだ」
好きだと伝えると、誤魔化すように曖昧に笑う。拒否されないだけまだマシなのかもしれないが、シグノーの愛を受け入れた彼女が自分の気持ちに期待したほどの反応を見せない理由が分からなかった。
何が不足しているのか?
彼女が見たい景色を見せ、食べたいものを提供し、いつでも蝶よ花よと愛でる自信はある。天然の氷で出来たかき氷だっていつでも用意するし、カルナボーン王国では咲かない花が咲き乱れる花畑にだって連れて行く。
「攻略法を聞き出しておくべきだったか、」
こんなことなら、死ぬ前にシグノーに確認すれば良かった。彼はいったいどのようにして難解なリゼッタの心を手に入れたのだろう。十も年の離れた男からの婚約を承諾するほどだ。そこには何かしらの愛はあったのだと思う。
起こさないように注意を払いつつ、首筋に触れる。
白い肌は吸い付くとすぐ赤くなった。
「………ん」
「リゼッタ、どうしたら俺を見てくれる?」
どこに在るのか分からない彼女の心は、近付けば近付くほど見えなくなっていく気がした。
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