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第二章 アルカディア王国編

35.ノアと方舟▼

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もしも、世界が終わるなら、私は小さな方舟はこぶねにこの綺麗な銀髪の男と自分を乗せる。あとは何も要らない。ノアさえ居れば、本当は他に何も要らない。その船は転覆したって別に良い。それぐらい私は彼に夢中だった。

それなのに、どうして心を隠してしまうんだろう。


「ナターシャに怒られちゃうかな?」

私の服を脱がせながらノアは子供のように笑う。
ついに実現されてしまいそうな三回目の約束に、私は胸がずっと高鳴っている。たぶん心臓は通常時の1.5倍は肥大しているし送り出される血液量も増えているはず。

ノアの瞬き、唇の動き、上下する喉元、その全てから私は目が離せなかった。ずっと望んでいたこと。恐れと期待が入り混じった感情が込み上げて来る。

ノアは少し意地悪そうな顔をして私の首筋に顔を埋めた。温かい舌が肌の上を滑って、私は小さく声を漏らす。

「……っん」

ギュッと結んだ口の端にノアの指が触れて「我慢しないで」と言われた。だけれど、声を抑えなかったら私はきっと枯れるまでだらしなく喘いでしまう。それぐらい、ノアが私に与える刺激は身体を溶かした。

唇が触れ合って、恋人同士みたいなキスをする。娼婦と客は仲良く手を繋いで舌を絡める。まるで、そこには本当に愛があるみたいだ。熱に浮かされた頭は勘違いしてしまいそう。

「リゼッタ、好きだよ」

私は返事をする代わりに少し微笑んだ。

ノアの愛は暴力的で博愛的。強く心を揺さぶられるけれど、それは皆に平等に与えられるもの。特別だなんて思ってはいけない。調子に乗ってはいけない。

だって今は恋人の振りをする時間なんだから。この魔法のような二ヶ月間が終われば、私はまた娼館に戻って娼婦として日々を生きる。ノアはたまに来る優しいお客さんになって、彼は遊び以外で本気になる女性を探すのだろう。将来の王妃として相応しい、良い家柄の美しい令嬢を。

「……どうして泣いてるの?」
「泣いてません、」
「涙が出てるよ」
「出てません……」

視界がぼんやり滲む。
どうにも止まらなくて口が滑った。

「ノア、貴方はどうしてアルカディアの王子なの…?」

言った直後に後悔する。私は彼を困らせる天才なのかも知れない。なんでもないから忘れて、と言いながら苦し紛れにノアの服に手を掛けた。抵抗しない彼の服を剥ぎ取って、私は馬乗りになる。

大丈夫、娼婦なんだからこれぐらいしないと。短い間とはいえ娼館で働いたんだから騎乗位だって客と経験した。元婚約者であるシグノーは面倒くさい時に私に動けと命じて来たし、ぜんぜん辛くない。別にノアにはしたない女だと思われても良いし、普段と違って積極的だなんて思われても良い。

早くこの時間を終わらせたい。
擦り減って行くのは心だから。


「何でそんなに急ぐの?」

はやる気持ちに水を差すような冷たい声がした。
驚いて見下ろすと、ノアの赤い瞳と目が合う。さっきまで甘い雰囲気の中で私を溺死させようとしていたくせに、急に他人のような顔をするから困惑する。

「……急いでないですけど、」
「どうでも良い男として早く処理したい?」
「そんなんじゃ…!」
「リゼッタ、言ったよね。俺は君に恋人のように振る舞ってほしいんだ。君は愛する男の前でそんな顔をするの?」
「………っ」

焦りや苛立ちはきっと顔に出ていた。
どう足掻いても自分のものにならないノアを相手に、私は自分を消費される対象と思い込むことで心を押さえ込もうとしていたのかもしれない。

「……ごめんなさい」
「うん。落ち着いて、ゆっくりでいいから」

目を閉じて息を吐く。
ノアの手が私の頬を撫でた。

「今の君に上は任せられないな、交代しても良い?」
「すみません…どうぞ」
「積極的なリゼッタもそそられるけどね」

揶揄からかうように言って、ノアは私の背中に手を回してベッドの上に横たえる。確かに利き手が不自由な今、私が上に乗ったところで彼を満足させるような事は出来ないだろう。

手の平が包み込むように胸に添えられる。
ノアは私の反応を見ながら、周りをやわやわと触って、その先端に口付けた。私は羞恥心の中で、彼に主導権を渡してしまったことを強く後悔する。こうなればもう出る幕はない。私はただ、人形のようにされるがまま。

「……っあ、あ、いや、」

舐めたり吸われたりした先の部分はピンと膨れ上がって存在を主張している。甘噛みされると電流が走ったように身体が跳ねた。

「リゼッタ、可愛いね。もう準備はできた?」
「…ふぁ……え、ノア!?」

クチュッと音を立てて、濡れそぼった入口にノアの性器が当たった。娼婦のくせに小心者の私は恐れを感じて目を瞑る。だけれど知りたがりの彼がそれを許す筈もなく、ノアは私の耳元で「見て」と囁いた。

本当に、なんて意地悪なんだろう。

「恋人同士なんだから目を背けちゃだめだよ」
「……っはぁ、ん…!」
「俺の目を見るんだ、リゼッタ」
「………ノア…っあ、」

優しいけれど強い、甘いけど心を抉られるような痛みもある。ノアは私をどうしたいのだろう。グンと深く突かれると頭の奥がチカチカした。

この程度で娼婦だなんて、と情けなく思う。私はやっぱりノアには敵わない。彼が娼館に居る時に私を抱いていたら朝までコースで私は死んでいたかもしれない。もしくは一晩で飽きられて終わりかも。

「これで、ようやく俺のものだね」

低い声で満足そうに抱き竦める彼に思わずキスしたくなるぐらいには、私は恋人気分に浸っていた。沼のようなノアの甘さに溺れていると、息をすることも忘れそうになる。


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