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第二章 アルカディア王国編
31.イーゼンハイム家との食事
しおりを挟む勇ましい獅子の叩き金が付いた扉の前でノアは立ち止まった。中から聞こえてくるカチャカチャという音から、おそらくここが食堂ではないかと考える。
「じゃあリゼッタ、今日は恋人らしくね」
「……はい」
緊張で手に汗を握りながら頷く。
私はノアの恋人、ノアの恋人…と頭の中で何度も繰り返していたら、なんだか妙に彼の視線や繋がれた手が気になってきてしまった。変に意識しては不自然になると分かっているものの、ドクドクと心臓が騒ぎだす。
ノアはそんな私の心境など知る筈もなく、勢いよく扉を押し開けた。
「おお!ノア!」
「ちょうど今私たちも来たところなの、座って!」
部屋の中央には大きな円卓が置いてあり、隣り合って国王と王妃が座っていた。このような食事の場であまり円卓が採用されているのを見たことがなかったため、驚きつつノアの後ろを追ってテーブルに近付いた。彼を真似て、恐る恐る手前の椅子に着席する。
「聞きたいことは山ほどあるが、夜は長い。とりあえず乾杯と行こうか…!」
国王の呼び掛けで、メイドがシャンパンを運んで来た。既に並べられたグラスを手に取って注いでもらう。琥珀色の液体が並々とグラスを満たし、爽やかな葡萄の香りがした。
「そうだな……では、ノアとその恋人リゼッタ嬢に!」
乾杯の音頭が取られ、国王は私の方へグラスを向けてきたので慌てて下から自分のグラスを差し出した。チン、とガラスが触れ合う軽やかな音がする。その後、上機嫌の国王は王妃やノアともグラスを合わせてようやくガブガブとシャンパンを飲み干した。
礼儀として少し口を付けてみたが、あまり飲み過ぎると思考が鈍るので、私はテーブルにグラスを戻した。次々と豪華な食事が円卓の上に並んでいく。
「アストロープ家というのはあまりこの辺りで聞かない家柄だが、ルーツはどちらになるのかな?」
「ええっとですね……」
答えに困っていると、ノアが隣で「リゼッタはこの国の出身ではありません」と答えてくれた。国王はそれを聞いて一瞬表情を変え、唸りながら私の顔を見つめた。
「………待て、どこかで君の顔を見たことがあるような…」
心臓が跳ね上がる。
シグノーの婚約者として過ごした一年あまりの間、国外への訪問などはしていない。しかし、国が外交のために送った手紙や挨拶状に自分のことが書かれていない保証もない。
冷や汗をかく私の隣でまたもやノアが涼しい顔をして口を挟んだ。
「それはそうでしょうね。彼女はカルナボーン王国の第二王子の元婚約者ですから」
「……なんだって!?」
驚いた国王の手がテーブルに当たり、近くにあったナイフやフォークが床に落ちた。直ぐにメイドが駆け寄って来て新しいものと交換する。国王は動揺を隠せないといった顔で、隣に座る王妃の顔を見た。王妃も同じく呆然としている。
私は何か言うべきか迷ったが、テーブルの下でノアが手を握ってくれたので、とりあえず様子を見守ることにした。
「ノア、お前は隣国の王子の婚約者を寝取ったのか!?」
「人聞きが悪いことを言わないでください。リゼッタはシグノー王子から婚約を破棄されたのです」
「……ちょっとお待ちなさい、ルーシャ家の第二王子と言えば最近自死した方じゃないの?」
王妃が叫ぶように言って立ち上がった。
「母さん、彼が死を選んだことはリゼッタに関係ありません。彼女は婚約を破棄された被害者です」
「そんないわくつきの女…!」
「こらマリソン!客人の前だぞ!」
混沌とする食事の場で、私は泣き出したくなる。婚約破棄された令嬢というだけで、これだけの混乱を生むのだ。そこにさらに娼館で働く娼婦なんて付いてきたら、彼らは発狂しかねない。
それもそうだろう。大切に育ててきた息子が連れて帰った恋人が娼婦。順当にいけばノアが国王になった場合、その恋人は王妃になるのだ。娼婦上がりの王妃なんて未だかつて聞いたことがないし、歴史を遡っても居ないはず。
心配になってノアの横顔を見つめたが、何ら気にする様子はなく、出された肉料理にナイフを入れている。
「今すぐ認めてくれとは言いません。しかし、どうか彼女の滞在中は失礼がないようにして頂きたい」
「……どのくらい滞在されるんだ?」
「二ヶ月を予定しています。リゼッタは身体が弱いので、アルカディアで先進医療を受けさせたい。ウィリアムのツテで良い病院が見つかりそうなので」
顔を青くする王妃の隣で国王は大きく咳払いをした。
「お前の意思は尊重したいが結婚は今の状況では認め難い。宮殿に滞在するのは自由だから好きにしなさい」
ノアが答えるより先に深く頭を下げて御礼を述べると、国王は困ったような顔でおずおずと頷いた。食事が冷めてしまう、という王妃の言葉掛けで皆は各々の皿に向き直る。
恋人の振りをしていることは頭では分かっているものの、ここまでハッキリと拒否を示されると、私の心も沈んだ。これならばまだ、友人だとか知人程度と紹介してくれた方が余程明るく迎え入れて貰えたのではないだろうか。
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