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第一章 娼館セレーネ編

04.はじめての接客

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ヴィラによる化粧が終わってほどなくして、バタバタした様子で老婆が戻って来た。

私を見るなり「まあまあだね」と言うものだから落ち込んでいたら、ヴィラがケラケラ笑いながら「ナターシャのまあまあは最高って意味よ」と教えてくれた。管理人である老婆はナターシャという名前らしい。

「ノアが急に来るって言うもんで人が足りないんだよ」
「みんな出払っているの?」
「ああ。新人を付かせるわけにもいかないし…」

嘆くナターシャを前に申し訳なくなった。
シグノーや育ての親に捨てられた今、私の存在価値は無いに等しい。だけれど、私だって誰かに必要とされたい。もう一度、生きる理由を見つけるために。

「あの、私がやってみても良いですか?」
「良いけれど、あんた体調は?」
「薬を飲んだので少し落ち着きました」

シャワーに行く前に、荷物の中から発作に効く錠剤を探して飲んだ。今では呼吸は特に苦しくはない。本当はまだ安静にしておいた方が良いものの、それは甘えになる気がする。

どうせもう、この身体は誰のものでもない。
少しぐらい無理をしても大丈夫。

悩む様子を見せていたナターシャも、仕方ないといった風に頷いた。部屋に備え付けられたクローゼットを漁って、ショーツとベビードールを私に手渡す。その透け感に赤面しながら、改めてとんでもない仕事に就いてしまったと思った。

ナターシャは口頭でおおまかな接客マナーなどを説明する。口淫やローションといったあまり馴染みのない言葉に私はうんうんと頷きながら自分が理解できているのか不安になる。

「それじゃあ、着替えたら部屋に行くよ」

私は部屋の一角にあるカーテンで区切られたスペースでおずおずと着ていたバスローブを脱いで、貰った衣装に着替えた。

あられもない私の姿を見ても表情を変えないナターシャに付いて部屋を出る。ヴィラは頑張って、とばかりにガッツポーズを作って送り出してくれた。

「本番行為があったら後で教えて。避妊薬を渡す」
「……はい」
「ノアに限っては無いけれど、もしも危険な行為を強いられたらベルを鳴らして。私が部屋に入るからね」
「分かりました」

淡々と説明をしながら、ナターシャは何個か並んだ部屋のうち、廊下の突き当たりにある部屋の扉を開けた。

緊張しながら部屋に入る。
私が婚約中にルーシャの屋敷で与えられていた部屋よりも広々とした空間がそこには広がっていた。部屋の中心にはくつろげるようにソファと机が置かれ、大きなベッドが部屋の隅に設置されている。

「ノアが来るまでは適当に待っていて。私がノアを連れて来たら部屋の扉をノックするから、そうしたら鍵を解除して」

テキパキと指示を出すナターシャに向かって頷く。
防犯上、娼婦が一人で待機している間は鍵を掛けてほしいと早口で指示された。念のために鍵の掛け方を私に教えた上で、ナターシャは部屋を出て行った。

次に彼女が戻ってくるのは、客と一緒にだ。

今日はとても目まぐるしい一日だった。
まだ終わっていないけれど、もし上手く接客できたら眠りに着くときに私は私の頭を撫でてあげたい。

娼館に来る客層はどんな感じなのだろう。幸い、身体が弱かったこともあり、婚約者としては露出が少ない一年だった。おそらく私の顔を見てシグノーの元婚約者だと気付く人は居ないだろう。それもまた、寂しい話ではあるけれど。

考え事をしていると、ドアがノックされた。

「はい…!」

緊張しながら扉へと手を伸ばす。
くるりとドアノブを回すと、扉の向こうには営業スマイルを浮かべたナターシャと仮面舞踏会のような半面を付けた背の高い若い男が立っていた。美しい銀髪に見惚れていると、低く甘い声が耳に届く。

「綺麗な子だね。今日は来てよかった」

それは、時間が止まったような一瞬。
私はその赤いひとみから目が離せなかった。

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