73 / 76
第五章 エバートン家の花嫁
73.三姉妹と百合の花
しおりを挟む「ああ~シーアもいよいよお嫁に行くのね」
私の頭に飾られた白い百合の花を突きながら、ジルはふうっと大きな溜め息を吐いた。
「もう、こんな日に花嫁に向かって溜め息なんて吐かないでよ。あと髪飾りを触るのも止めなさい」
「ローリー!だってあんなに小さかったシーアが他の家に入って妻として夫を支えるのよ?考えられる?」
「エバートン家は義理の母が居ないし、あの親子の感じだと大切にしてくれそうで安心だわ」
「ふふっ、ローリーが嫁いだ時は散々に虐められたものね」
今度こそ怒った次女のローリーは、冷たい視線をジルに向けると鏡越しに私の目を見た。苦労人の彼女が私の行く末を案じてくれるのは当然で、私自身まだ実感が湧かない。
夏が過ぎ、エバートンの別荘から引き上げた私はそのままカプレットの屋敷へ戻った。変わったことと言えば、ほぼ毎日、登校から下校に至るまでルシウスが私に付き添うことぐらい。所属するクラスが異なるので授業中は別々だったけれど、それでも時間さえあればルシウスは私に会いに来てくれた。
そう、それはもう周囲が私に構う暇もないぐらい。
一度だけ移動教室の合間に同じクラスの女子のグループから声を掛けられたこともあったけれど、付いて行っている途中で渡り廊下の向こうからルシウスが歩いて来て「シーアのお友達?」とにこやかに問うと、その場で曖昧に笑って散り散りに去って行った。
今思えば、私はずっと守られていたのかもしれない。特に嫌がらせを受けることもなく、学業に集中することが出来たから。その後は穏やかに日々が過ぎ去って、卒業式を迎えた。
その後、ミュンヘン家は皇室からの勅令で捜査が入ったらしく、爵位を落とされたとか、家主であるダルトン・ミュンヘンが逮捕されたなんていう物騒な噂を聞いた。というのも、父であるウォルシャーを襲った男たちもすぐに逮捕され、呆気なくミュンヘンの差金であることを吐いたのだ。
ーーーそして、今日。
暑さも落ち着いて木々の葉が色付き始めた秋の日、私はカプレット家の娘として、エバートンの所有する別荘で親族だけの結婚式を挙げる手筈になっていた。それは夏の間私たちが過ごしたあの場所で、すでに懐かしさを感じながら二階の部屋で姉たちと共に呼ばれるのを待っている。
なんでも神父さんの到着が遅れているとかで、母と父はそわそわと階下で走り回っていた。
ルシウスはおそらく別室で待機しているはずだけど、このまま式本番まで会うことはないのだろうか。一応リハーサルは簡単にしたけれど、緊張して震えていたりしない?
(………ありえないわね)
我ながら見当外れが過ぎるので、無駄な妄想を頭を振って追い出した。式の後はドレス姿をゆっくり堪能したいので、夫婦の時間を確保してほしいと熱烈に希望していた彼のことだ、きっとそんな可愛い心配は不要だろう。
その時、ノックの音がして、すぐに母親が入って来た。
「シーア、準備はどう?神父様が到着されたわ」
「ありがとう。お母様」
「……似合ってるわね、綺麗だわ」
そう言って細めた母の目に涙が浮かぶのを見て、私は慌ててハンカチを差し出す。父親は緊張して御手洗いから出て来ないという説明を聞きながら、私は鏡に映る自分の姿をもう一度確認した。
真っ白なドレスは母から二人の姉へ受け継がれたもの。もうこのドレスが着られることがないと思うと残念だけれど、四人の花嫁を世に送り出したのだから、十分役目は果たしたと言えるだろう。
「白百合は幸せの象徴よ、貴方たちの未来が明るく健やかなものであることを願ってる」
「喧嘩をしたらうちに遊びに来てね。辺境だからちょっと遠いけど、その分ルシウスだってなかなか辿り着けないわ」
「ジルったら!シーア……どうか、幸せになって」
母と二人の姉に包まれると、安心したように心がほぐれていくのを感じた。
エバートンに嫁いでも、私はカプレットの娘としての誇りを忘れないようにしたい。帰る場所があるというのは、迎えてくれる人たちが居るということは、きっととても幸せなことだから。
34
お気に入りに追加
1,554
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる