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第五章 エバートン家の花嫁
67.レモネードとソーダ
しおりを挟むあたたかな陽射しが窓から差し込んでいる。
もはや定位置になりつつあるリビングのソファの上で、ごろんと寝返りを打つと真正面にルシウスの顔があって私は飛び上がらんばかりに驚いた。
大きめのソファと言っても、ソファはソファだ。人が二人寝るには絶対に狭いし、よくもまあ器用に隣で眠ることが出来るものだと感心する。髪の毛を引っ張らないように起き上がって、ぼやけた頭で記憶を辿った。
そうだ、残り短い夏休みを少しでも楽しむために私は海で泳ぐことを提案して、ルシウスは当たり前にそれに反対した。結局、カードゲームで勝敗を決めることになって、案の定負けた私は、駄々を捏ねてソファの上でジタバタしているうちに眠ってしまったのだ。
(どうして彼と居ると、こうも子供じみた行動をしてしまうのかしら……)
不思議に思いながら、トントンと頭を叩く。
こうも暑いと考える気力も失せる。
冷蔵庫を開けると丸々とした檸檬の綺麗な黄色に目を奪われた。夏バテ対策に、レモネードでも作ってみようか。蜂蜜なんかもあれば最高だけれど、どうだろう。
棚の上を探っていると、後ろから伸びて来た手が奥から蜂蜜の瓶を取り出した。
「起きたんだ、」
「うん。まだ眠たいけど…」
「私が蜂蜜を探してるってよく分かったわね」
「そんな酸っぱいものそのまま食べないでしょ?」
欠伸をしながら瓶を渡すルシウスを見上げる。
猫のように目を閉じてムニャムニャ言う姿は可愛らしい。
色々とあったけれど、私は未だにエバートンの別荘に滞在している。あの後、父親は一週間ほど入院することが決定して、母親は献身的に付き添って時に叱責したりしながら、何とか二人で上手くやっているようだった。
「もう暑さも落ち着いて来たわ、散歩でもしない?」
「……喜んで」
にこりと笑って嬉しそうに手を取るから、私は「下準備だけしたい」と伝えて、手早く檸檬を薄切りした。大きめの瓶があったので適当に押し込んで砂糖と蜂蜜を足す。
こんな適当な作り方で大丈夫だろうかと心配しながら蓋を閉めると、待たせていたルシウスに声を掛けた。
「綺麗……夕焼けね」
「本当は泳ぎたいんだよね?厳しく言ってごめん、」
「貴方はちょっと過保護過ぎよ。私だって毎回足の裏を切るわけじゃないわ」
「海は溺れたりクラゲが居たり危険だ」
「そんなの家の中だって危険はあるもの」
私は立ち止まって、隣を歩くルシウスに向き直った。
「ねえ、いつまで待たせるつもり…?」
「……シーア?」
「心の準備なんてとっくに出来てる、」
「…………」
「ルシウス、貴方のものにしてほしいの」
言った瞬間から恥ずかしくなって顔に熱が集まった。
しかし、ここで逃げてはダメだと、困惑する碧色の瞳を見つめ続ける。積極的すぎただろうか。或いは直接的すぎた?でも、あまりにも手を出されなさすぎて不安になって来る。
ドキドキする私の前で、ルシウスは困ったように髪を掻き上げた。ふわふわの黒い癖毛が風に揺れる。固唾を呑んで見守る中、ゆっくりと唇が開いた。
「ごめん……実は、経験がなくて」
「え?」
「だから、その…勉強中なんだ」
「………は?」
びっくりして固まる私の頭上で、かもめが小さく鳴いた。
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