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第四章 蛇と狼と鼠
64.因果な運命
しおりを挟むダルトン・ミュンヘンはロカルドの言葉通り、5分ほどで私たちの前に姿を現した。見知った親たち、もしくはミュンヘンの甘い蜜を吸おうと擦り寄ってくる蜂たちに愛想笑いを返していた彼も、息子と向き合うルシウスと私を目にすると、途端に冷え切った顔になった。
「エバートンのお二人か。そんな恐ろしい顔をしてどうしたのかな?君たちの保護者はどこに?」
幼い子供に喋り掛けるようなその口調に苛立ったのはきっと私だけではないはず。私は前方に立つルシウスの様子を窺った。
「ミュンヘン公爵、お久しぶりです」
「屋敷で会って以来だね、ルシウス君。最近ますますウェルテルに似て来たように感じるよ」
「僕は父のような過ちは犯さないつもりです」
「ほう…聡明そうな良い目だ」
ダルトンは値踏みするようにルシウスを見る。
ロカルドは父の登場に気を大きくしたのか、先ほどまでの怯みは捨てて、また偉そうな態度でニヤニヤと私たちを見下ろしていた。父親の前で子供扱いされる様子が面白いのだろう。
「ええ、母の面影もあると思います。どうでしょう?」
「…………」
「ミュンヘンに母が嫁いだ時、僕はまだ何も分からない子供でした。借金の形とは言え、生身の人間を要求するその異常性が理解できていなかった」
「……それは君の父親が無能だからだ。金目のものがエバートンに無かったのなら仕方がない」
「これは父から聞いた話ですが、貴方は僕の両親と同じ学校だったそうですね。父とは面識がなかったようですが、母とはどうだったんでしょう?」
「おい、ルシウス。僕の父上を詰問するとは無礼な、」
ダルトンの隣でロカルドが憤った様子で吠える。
ルシウスはそちらには目もくれずに、ただ、目の前の男を見据えていた。
「母は色々と記録を残すのが好きで、僕はある程度の分別が付くようになった頃、遺品整理も兼ねて母の部屋を覗いてみたんです。正確には部屋ではなく、もう倉庫になってますが…」
何も言葉を発さないダルトン・ミュンヘンは酷く不気味だった。
「結婚式の出席者名簿がありました。ほとんどの人が祝福のために駆け付ける中、貴方の欄にはバツが付けられていた」
「……都合が合わなかった、」
「ミュンヘンは大型の医療施設も持っているそうですね。借金の形なら、当時は眼球でも何でも摘出させることが出来たでしょう。現に、いくつかの子爵家にはそれを命じている」
「どうしてそれを…?」
「すみません、調べ物が好きなので」
ニコニコと微笑むルシウスを見て、ロカルドが小さな悲鳴を上げた。わなわなと震える息子の姿を見て、ダルトンは怒りを顔に滲ませる。
「ロカルド、お前は地下の書庫にこいつを上げたのか!?」
「違うんです、歴史の資料を見たいと以前…」
「あの部屋には我が家の……!」
ハッとしたように振り返るダルトンに尚もルシウスは語り掛ける。
「色々な資料を拝見することが出来ました。興味深いものもあったんですが、いくつか質問しても?」
「ウェルテルも優秀な息子を持って鼻が高い…」
「先ず、エバートンが多額の負債を抱えるに至った原因ですが、これは当時うちの経理担当をしていた管理者二人による誤った投資です」
「…………」
「存在し得ない架空の会社を莫大な金額を投じて吸収合併しようとした。それを何の疑いも持たずに容認した父にも責任はありますが、その二人は速攻クビを切られました」
「……君に説明を受けなくても、金貸しとしてそこまでは調査済みだ。過去を蒸し返すのが好きなんだな」
フンと鼻を鳴らして、ダルトンは天を仰いだ。
ロカルドの取り巻きたちは集中力が切れたのかコソコソと小言を言い合っている。
「では、その二人がミュンヘンで現在雇われているという事実までご存知ということですか?」
「………なんだと…?」
「名前を見つけた時は驚きました。良いポジションを与えているみたいですね。他国からの移民なので変わった姓だとは思っていましたが、名簿上では見つけやすい」
「…………」
「経営会議の議事録をすべて残しておいてくださって、ありがとうございます。お陰様で裏が取れました」
「……お前!!」
怒りを露わにしたダルトンがルシウスの肩に掴み掛かる。
今にも噛み付きそうな距離で顔を歪めるミュンヘンの当主を前に、ルシウスは涼しい顔をしていた。何事かと再び集まって来る群衆の中で、私は顔を真っ青にしたロカルドが涙目でことの経緯を見守っているのを見た。
「貴方が母にどんな感情を持っていたのかは自由です。でも、エバートンを内部から潰そうとしたのはいただけない。カプレット子爵への暴行と合わせて、検証する必要があるでしょう」
「カプレットなど知るものか!うちには責任は、」
「先ほどのロカルドの発言は、まるで認めるような物言いでしたけど」
ロカルドはもう居ても立っても居られないようで、しゃがみ込んで下を向いていた。自身の息子を腹立たしげに一瞥した後、ダルトンは溜め息を吐く。
「……裁くつもりか、この私を」
「どうでしょう?僕はまだ子供ですから、あとは保護者会議でも開いて解決してください。あ、念のため、皇室にはレポートとして送りました」
積極的に調査してくださるそうですよ、と穏やかな顔で付け足すとルシウスは私の方を振り返る。その後ろには、こちらに向かって足早に歩いて来るウェルテル・エバートンの姿が確認できた。
因果な運命にある、とダルトン自身が称した二人の男がいったいどんな話をするのか気にはなったけれど、私はルシウスに手を引かれてその場を後にした。
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