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第四章 蛇と狼と鼠
60.パーティーの前日
しおりを挟むそれから、特に何事もなく日々は過ぎ去り、あっという間にパーティーの前日になった。
私は両親が持って来てくれた青いドレスを着て、洗面所の鏡の前でくるくる回ってみる。随分と久しぶりに着るからか、少し胸のあたりがきつい。でも、チャックが上がらないわけでもないし、デザイン自体は気に入っているから良しとしたい。今から新しいものも用意出来ないし。
明日は食べすぎないようにしないと、と息を吐きながらドレスを脱ごうと背中に手を回したところで、扉を叩く遠慮がちなノックの音がした。
「はーい」
ペタペタと歩いてドアノブを回すと、私を一目見たルシウスは面食らったような顔をした。しかし、すぐに表情を正して中に入って良いか聞いてくる。
「いいわよ、私は着替えてくるわ」
「そのままで良いよ」
「でも…」
「他の人より一足先に見れて良かったな。それは去年着ていたやつと違うね、見たことない」
今度は私が驚く番だった。
「ビックリしたわ、私が着てたドレスまで知ってるの?」
「うん。一昨年は白で去年は赤いやつだったでしょ?」
「貴方のこと、時々怖くなるんだけど記憶魔法とか使ってないわよね?」
「絵本の影響を受け過ぎだよ。ただ、君のことに関してはよく覚えているだけだ」
私はまだ内心ルシウスの異常な記憶力を疑いつつ、彼に椅子に座るように促した。自分もベッドに腰掛けながら、果たして本当に一昨年は白いドレスを着ていただろうかと記憶を掘り返す。だめだ、まったく覚えていない。
そもそも、パーティーやイベントとなると私はとことん余裕をなくす。天性のあがり症であることに加えて、振り向いてくれないロカルドを眼にするのは苦痛だった。じゃあ欠席すれば良いのに、もしかすると友人に紹介してもらえるかもしれないという僅かな期待を胸に毎年顔を出していたのだ。
「このドレスは、母から譲り受けたものよ。昔、姉の結婚パーティーで着たきりでその後はお蔵入りしていたの」
「そうなんだ。今回は何故それを?」
「どうしてかしら。今年で学園生活も最後だし、9月には卒業でしょう?節目にふさわしいかなって」
「お気に入りの一着なんだね、」
「もう小さくなっていたんだけどね」
残念そうに言って少し笑ってみる。
ルシウスは思いの外、真面目な顔で私を見ていた。
「君は三年間ですごく変わったよ」
「本当?良い方にだといいけど」
「もちろん、良い意味で」
「そう……?」
照れ臭くなって俯くと、プランプラン揺れる足が目に入った。明日は張り切って7cmぐらいのヒールを履いてみようと思う。少し疲れるかもしれないけれど、ルシウスとの身長差を考えたら、それぐらいの高さがあっても大丈夫そう。
箱の中に仕舞っているキラキラしたシャンパンベージュのパンプスのことを考えた。べつに歩くだけで、踊るわけでもないし、転んだりしないようにだけ気を付けたい。
「シーア、」
名前を呼ばれて顔を上げると、目の前にルシウスが立っていた。
「すごく綺麗だ。君と結婚できるなんて…」
「もう、泣かないでよ」
「ごめん。泣いてはいないけど、気持ちは昂ってる」
「……ちょ、ちょっと、」
「良い?」
良いかどうかの返答だけで、この後の展開が決まるのだとしたら至極シンプルであると同時に責任を感じる。結婚するまで何とやらと堅い決意表明をしていた彼が、今夜こそコトを進めるのか、それともまた耐え忍んで次回に持ち越すのかは見てみたいと思った。
こくりと頷いた私を見て、ルシウスは少し口角を上げる。
抱えた期待が見えないように目を閉じて抱擁を受け入れた。
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