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第四章 蛇と狼と鼠

57.三時の訪問者

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「おお!元気そうだな、シーア!」

 ウォルシャー・カプレットとその妻エマはちょうど三時のおやつ時にやって来た。

 ニコニコ笑う父の姿に私が何も思わなかったわけではないけれど、玄関で話し込むのもどうかと思ったので、ルシウスに促されるままにリビングへと二人を招き入れる。

「しかし、エバートンには良くしてもらってばかりだ。本当に頭が上がらないよ。ありがとう、ルシウス君」

 出されたパイと紅茶を堪能しながら父は相変わらず上機嫌だった。ルシウスは穏やかな表情で会話に応じている。

「父に伝えておきますね」
「エバートン公爵は仕事かな?」
「そうですね。学園のパーティーには顔を出すようですが」
「それは良い。是非とも挨拶したい」

 会話の経緯を見守っていた私は、思わず父親の顔を見る。

 来週行われる学園のパーティーには、絶対参加ではないが家族の参加も許されていた。私は今まで、ロカルドに相手にされない自分の惨めな姿を晒したくない一心で両親の参加を拒んできたけれど、どうやら父は今年こそ参加する意向らしい。

 親同士の交流、つまりビジネス的な意味合いも持つその場に行くことに父が乗り気を示すのは分かるけれど、万が一ミュンヘン公爵やロカルドと鉢合わせたらどうするのか。

 ただでさえ、私がルシウスと参加するだけでも「婚約破棄したカプレットの娘が、早くも他所の貴族の息子と仲を深めている」と後ろ指を差されるのは目に見えている。

 ロカルドの取り巻きのような令嬢たちは、自分たちにもチャンスが回って来たと喜びを滲ませつつ、きっと私のことを散々に罵倒するはずだ。


「……あまり目立つ行動はどうかと思いますが、」

 小さく呟くように意見すると、父は一瞬きょとんとした後で豪快に笑い飛ばした。

「なにを恐れるか!今時、婚約破棄など大した問題ではない。我が家の場合は相手方の子息が娘に興味を示さなかったんだ。破棄する理由には成り得るだろう」
「しかし…ミュンヘン家の方々が見たらどう思うか…」
「そういえば、ルシウス君に聞いたが、ロカルドに乱暴されそうになったらしいな?」

 私はギョッとしてルシウスの方に目を遣る。
 私が別荘を飛び出して、呆気なくミュンヘンの家の者に捕まったことを彼は律儀に父へ報告していたようだ。睨み付ける私の視線には目もくれずに、ルシウスは両親に向かって深々と頭を下げた。

「すみません…彼女をそのような危ない目に遭わせてしまったのは、すべて自分の責任です」
「されそうになったんじゃなくて、されたのよ!お父様が無茶な契約をエバートンと結ぼうとするから…!」

 堪え切れなくなって思わず横から口を挟んだ。

「無茶な契約?」
「惚けないでください!私は何も知らされていませんでした。私はただ、ロカルドから愛されなかった事実を受け止めて、彼を憎みました。でも一連の出来事の裏にはエバートンとカプレットの大人たちによる台本があった…!」
「…………」
「正直に言うと、気分が悪いです」
「シーア…、」

 ウォルシャーは気の毒な人を見るように悲しげな顔をして、私の様子を窺う。私は自分の中で再び沸々と込み上げてくる怒りを感じながら、その目を捉えた。


「そんなに嫌なら呑む必要はないわ」

 場の空気を切り裂くように冷ややかな声がした。私はその声が自分の母親からしたものだなんて微塵も思わなかった。父やルシウスが顔を向けるのを見て初めて、黙りこくっていた母が言葉を発したことに気付いた。




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