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第四章 蛇と狼と鼠
56.ラズベリーとブルーベリー
しおりを挟む結局、カプレットには戻らず、代わりに両親がドレスを持ってエバートンの別荘に遊びに来る手筈となった。
久しぶりに会える二人の顔を想像すると嬉しくて、私は朝からパイを焼いている。冷蔵庫には美味しそうなラズベリーとブルーベリーがあったので、カスタードを塗ったパイ生地の上に合わせて並べた。見た目も可愛くて上出来。
「久しぶりに会えるから楽しみ?」
「本当は家に帰りたかったんだけど、」
「………ごめん」
落ち込むルシウスの頭を撫でて、私は焼き上がりを待つ間に父親に確認することを整理するため、その隣に座り込んだ。
「父はすべて知っているのよね?」
「そうだね。親同士の話し合いはあったみたいだし」
「ミュンヘンとエバートンの確執についても知っているのかしら?」
「それはどうだろう。話してはいると思うけど」
「聞いてみる必要はあるわね」
母親のエマは父の行動にあまり口出しをしないタイプだった。控えめで静かに寄り添うような母の姿は、私からするとお淑やかであると同時に遠慮がちに映ったし、時代背景もあるだろうけれど「もっと積極的に発言すれば良いのに」ともどかしさを感じることもあった。
しかし、その母親もミュンヘンとの婚約を取り決める際はなかなか首を縦に振らなかった。今思えば、姉二人に比べるとまだ幼かった私を、契約結婚という形で嫁がせることに抵抗があったのかもしれない。
だとしたら今回も、きっと彼女は胸の内に秘めた思いがあるのだと思う。私はそれを聞きたかった。
「……シーア?」
心配そうに覗き込むルシウスを見てハッとする。
「ううん、大丈夫。考え事してただけ」
「何について?」
「母のことよ。うちって典型的な昔の家のパターンで、父にすべての権力が集中しているの」
「そうなんだ?」
「ええ。だから、小さい頃から母が父に口答えしたりするのって見たことがなくて」
母はこの結婚をどう思っているのだろう。
きっとエバートンの別荘へ私を匿う計画を快く快諾したのは父であるウォルシャーだ。でなければ、婚約破棄が終わっていない娘を妙齢の男の元に送り出すなんて考えられない。
今更ながら、やはり父の行動にはムカムカした気持ちが込み上げてくる。ふざけた鉱石の話と一緒に問い詰めたい。
眉間に皺を寄せて唸る私を宥めるように、ルシウスは隣からゆるく抱き締めて「パイが焼けたよ」と言った。私は手を引かれて立ち上がってキッチンへ向かう。
オーブンからは甘酸っぱいベリーの香りが漂っていた。
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