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第四章 蛇と狼と鼠
55.二人の気持ち▼
しおりを挟む「……っん…はぁ、あ…」
重なる唇から溶けていくような感覚。昨日私のことを制止したはずの彼は、自分なりの境界線を持ち合わせているようで、キスや私への愛撫はまったく問題ないようだった。こっちをその気にさせておいて手を出すな、なんて酷い話。
「シーア…好き、顔見せて…?」
「あ、あ、指…っ!」
顔に掛かった前髪を退かせながら、ルシウスは反対の手で私の秘部を弄る。収縮するたびに蜜が溢れるそこからは、ちゅくちゅくと恥ずかしくなるような音が聞こえていた。
私はソファの上で、ただその指の動きに翻弄されながら、自分のせいでソファに染みが出来たりしないかを少し心配した。それはあまりにバツが悪い。
「……ルシウス、部屋に行かない?」
「いいけど食事は?」
「どのみち今は食べさせてくれないんでしょう?」
「………、」
少しの間、目を閉じて悩ましげに考え込む。
私はその様子を眺めながら少し笑ってしまった。
「いいよ。今日はもういい」
「本当?」
「君の生理的欲求を邪魔してまで、自分を優先できない」
「ふふっ…ありがとう、」
名残惜しげに首筋にキスを落として、ルシウスは立ち上がった。私は服を直しながら安堵の息を吐く。べつにこのまま部屋で甘い時間を過ごしても良かったのだけれど、そう言ったら彼は私を抱き上げてベッドに突進するだろうか?
ぬるくなったスープを火に掛けて、また電子レンジのボタンを押した。ルシウスはグラスを二つ出して冷蔵庫のオレンジジュースを注いでくれている。
「エバートンの料理人は腕が良いのね」
「……そうかな?」
「ここに来てからご飯が美味しいわ」
「それは彼らに伝えたら喜ぶだろうね」
ルシウス自身も少し嬉しそうに笑った。私は耳にかかる息がくすぐったくて目を細めながら、スープを口に運ぶ。どういうわけか、私は背後からこの大きな狼に抱き締められながら食事をしている。
正直食べずらいし、出来れば顔を見ながら話をしたいのだけれど、ルシウスにとってはこれが妥協案のようなので仕方がない。
「そういえば、パーティーに着て行くドレスを取りに帰った方がいいかも。というか婚約破棄は成立したし、もうカプレットの屋敷に帰っても安全じゃない…?」
「……いやだ」
「え?」
「シーア、ここに居て」
「でも…色々と父に聞きたいこともあるし…」
「たぶん君の婚約が白紙になったタイミングで、カプレット子爵と俺の父の間で結婚の話が上がっている。最終的には俺たち当事者のサインが必要になる。そうだよね?」
私は三年前にロカルドと婚約した時のことを朧げに思い出していた。確かに、私とロカルドは二人並ばされてよく分からないまま署名させられた。
その下には彼の父であるミュンヘン公爵と私の父ウォルシャーの名前が並んでいたのを覚えている。
「父はすぐにでもカプレットと結婚するように言っていた。けれど、俺は君の本当の気持ちを知りたいから、考えてほしいんだ」
「……本当の気持ち?」
「以前は脅すようなことを言ったかもしれないが、嫌なら拒否する権利はある。その時は…考えるよ、」
悲しそうに下を向くルシウスを見つめた。
(……え?断る可能性を危惧しているの?)
あれだけ色々なことを進めておいて、彼は私がこの結婚を破断にすると思っているのだろうか。それでは、私が今までルシウス相手に身体を許していたのは、ただ貞操観念のゆるい女だとか肉欲に負けてとかそういった理由だと?
「前向きに…検討させてもらうから」
なんとかそれだけ伝えると、ルシウスはパッと顔を輝かせてより一層強く私を抱き締めた。私は愛の深いルシウス・エバートンという男が、こと自分に向けられる好意については鈍いのではないかという一抹の不安を覚えながら目を閉じる。
これはたぶん、今後の出方を改める必要がある。
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