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第四章 蛇と狼と鼠
54.温かいスープと肉
しおりを挟むあんなことをしてしまった手前、恥ずかしすぎて私はなかなかルシウスの前に姿を現すことが出来なかった。
彼が朝食を持って来ても「体調が悪い」と会うのを拒み、その後もずっと部屋で本を読んで過ごした。海の見える部屋というのは良いもので、自分が一歩も外へ出なくても、変わる景色を楽しみながら時間の経過を知ることが出来る。
(………また夜がきちゃった)
夏なのでまだ少し明るいけれど、時計を見ると8時近い。ルシウスが夕食に呼びに来たのはもう2時間も前のことで、私はやはり気不味くて断った。気分が良くなったら降りて来て、と言われたけれど、彼はまだリビングに居るのだろうか。
どんな顔で会えば良いのか分からない。
トントンと階段を降りて行くと、そこには誰も居なかった。エバートンの料理人もどうやら別邸に戻った後のようで、キッチンは綺麗に片付けられて静まり返っている。
リビングの中を目的もなく歩いている内に、以前ルシウスの父が見せてくれた写真の前で立ち止まった。立て掛けられていた写真は、今は何故か下に向けて伏せられている。手に取ってみると、両親に挟まれて笑うあどけないルシウスの顔がまた私を見つめた。
(かわいい…こんな時期があったなんて、)
今や無駄に頭が切れる意地悪な男に成長してしまったことを少し残念に思いながら、けれども、私の前で見せる犬のような愛らしさを思い出してすぐに可笑しくなった。
「体調は良くなった…?」
入り口の方から声がして、私は写真立てを落っことしそうになる。慌てて振り返ると、心配そうな顔をしたルシウスの姿があった。
「あ…ええ、ごめんなさい、心配掛けて……」
「回復したならよかった。何か食べる?」
「うん。いただこうかしら…」
「今、温めるよ」
「自分でやるから大丈夫よ、」
申し訳なくて、キッチンに向かうルシウスの後を追った。
「今日は何をしてたの?」
「んっと…部屋で本を読んだり、ぼーっと……」
チチチッと火が点くのを見届けて、鍋を掻き混ぜながらルシウスの質問に答える。おいしそうなスープの匂いに心がじんわりと温かくなった。
このまま何事もなく話が続くことを切に願いながら、焼かれた肉の乗った皿をレンジに入れたところで、背後に立ったルシウスが私のうなじに触れた。
「………っ!」
飛び上がらんばかりに驚いて振り返る。皿を持っている状態だったら、間違いなく私は割っていただろう。
「ど…どうしたの、なに…?」
「いや、今日は結んでたから」
「……?…あ、髪のことね」
ずっと部屋に居たので、誰にも会わないし、読書の邪魔になるから後ろで一つに髪を束ねていた。丸出しになった私のうなじが珍しくて触れたということだろうか。
穏やかな笑みを浮かべたルシウスは「こっちに来て」とグイグイ私の手を引っ張って、ソファまで連れて行く。私だけを座らせると、結んだ毛先を指に絡めてルシウスは立ったまま遊び出した。
「何がしたいの…?そんなに珍しい?」
「シーア、今日は会えなくて寂しかった」
「……ごめんなさい、」
「今からいっぱい触っていい?」
「え?」
表情を確認する前に、首の後ろに生温かい舌が押し付けられた。ずるずると這わせながら、ルシウスは器用に私のブラウスを開けていく。
回り込んだ碧色の瞳が私を捉えた時、私は今度は自分が狩られる番なのだと実感したし、遠くで温め終了を知らせる電子レンジの中身にまだ手を付けることは出来ないと悟った。
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