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第四章 蛇と狼と鼠
50.婚約破棄の夜
しおりを挟む「それにしても……」
私は自分が引いたカードを見て顔を顰めながらルシウスを睨む。彼は涼しい顔でひらひらと手札を動かした。
「どうして何をやっても勝てないの?貴方ちょっとイカサマしてるんじゃない?」
「失礼なことを言うね。負けてほしいならそうするよ」
「そういうんじゃなくて、」
「でも、考えてもみて。ありとあらゆる面でシーアは俺より優位に立っているんだから、カードゲームぐらい負けたって良いだろう?」
「……優位に立てている気がしないわ」
持っていたカードを放り出して机の上に突っ伏した。もう負けは確実で、これ以上進めても意味はないと思ったから。
機嫌を損ねた私の隣を、エバートンから派遣された料理人は面白そうに笑いながら通り過ぎて行った。そのまま就寝の挨拶をして部屋を出る男に、私も頭を下げる。
「シーア、」
「?」
ドアの方をぼうっと見つめていたら、テーブルを挟んだ場所に座るルシウスに呼ばれた。
「婚約破棄おめでとう」
「誰のせいで破棄したと思ってるの」
「……ごめん」
しゅんと項垂れる頭を突いた。
「責任は取ってくれる?」
「もちろん。責任は取るし、与えられるものは全部あげる」
「何も要らないわ。でも、もう私を騙さないで」
「分かった、」
ルシウスは持っていたカードを置いて、机の上に広げたままの私の手を握り締める。くすぐったいような、気持ち良いような不思議な感じ。
なんだか恥ずかしくなって、私は頭の中で必死に話題を探した。今日食べた魚料理はなんて名前だったか聞く?エバートンの料理人はみんな料理上手だし、私が嫁いだら是非とも色々と教えてもらいたい。
「いや、べつに決まったわけじゃないし!」
「え?」
「……あ、いえ…独り言を、」
「シーアの頭の中が見てみたいな」
「ルシウス…?」
ルシウスは握った手に口付けて私を見上げる。
「何考えてるか、知れたら良いのに」
「そんなの困る…!」
「どうして?知られたら困るようなこと考えてるの?」
「………っ」
神様、どうかこの意地悪な男が私の頭の中を盗み見ることを許さないでください。そんなこと起こったら本当に困る。薄く色付いた綺麗な唇から、何を連想したかなんて、絶対に彼だけには知られたくない。
熱が顔に集まってくるような気がして、私はあくまでも自然に「お水がほしい」と言いながら席を立った。グラスに水を注いで口を付けながら、ルシウスの様子を窺う。
(一応、婚約破棄は成立したけど…)
私はまだこの複雑な胸中を彼に伝えていない。ルシウスの気持ちはすでに受け取っているし、あとは私が自分の気持ちを伝えるだけではあるけれど。
なんて言えば良いんだろう。
貴方の気持ちに動かされました、なんて受け身過ぎる。
「あの…ねえ、ルシウス?」
「なに?」
「私、考えてみたら貴方のことあまり知らないわ」
「うん?」
「やっぱり結婚するにしたって、お互いをもっと知る必要があると思うの。そう思わない?」
「そうだね、君は正しい」
ルシウスは頷きながら立ち上がる。
そのまま、グラスを包む私の前に来ると、見たこともない良い笑顔で正面から抱き締められた。思わず身を引く私の腰に手が回る。
「何が知りたい?」
「えっと……?」
「シーアが俺のこと知りたいなんて、すごく嬉しい。なんでも聞いて」
「うーん、そうね……」
いざ質問するとなると、何から聞いたら良いものか。思い悩む私を見ながら愉しそうにルシウスは笑う。
私はきっと勘違いしていた。ルシウスはまったくもって仔犬なんかではないし、彼は一度捕えた獲物は絶対に逃さない貪欲な狼だってこと。
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