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第四章 蛇と狼と鼠

49.ロカルドからの手紙

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 ロカルドから婚約破棄を受け入れる手紙が届いたのは、私たちがミュンヘン邸から帰宅した二日後のことだった。カプレットへ届いた手紙は速達で転送されて来たようで、ルシウスから手渡された時、私は緊張で手が震えた。

(爆発したりしないかしら…)

 開封するまで、気は抜けなかった。
 開けてみて実は違う紙だったり、果し状でも入っていないかと私はソワソワしたのだ。

 しかし、そんな心配を裏切るように封筒の中にはただ婚約を破棄するための形式的な書類と短い詫びの言葉を記した手紙が入っていた。拍子抜けするぐらい呆気なく終わったので、私は後ろから覗き込むルシウスの顔を見上げる。

「……この筆跡、本当に彼のもの?」

 代理人による署名ではないかと疑うも、ルシウスは首を傾げながら「おそらく本人だと思う」と答える。

 三年も婚約関係にあったのに、一度も手紙なんて貰ったことはない。婚約者から初めて貰った手紙が婚約破棄に同意する手紙だなんて、と自嘲しながら三つ折りの紙をまた封筒に仕舞い込んだ。


「信じられないわ…こうもあっさりなの?」
「仕掛けたとはいえ、不貞の事実はあるからね」
「貴方って怖い人ね。言っておくけど、私を騙したことまだ許してないから」
「シーア……」

 捨てられた仔犬のような瞳を向けられたところで、惑わされてはいけない。私はルシウスと彼の父親、そして自分の父親を交えて話をする必要があると感じていた。

 こんな勝手な縁談を、当事者である私抜きで行ったことに対する説明と謝罪がほしかった。ルシウスやエバートン公爵から話を聞くことは出来たけれど、相変わらず父のウォルシャーからは何も聞けていない。

 というか、こうなることが分かっていてエバートンの別荘に私を送り出したのに手紙の一通も寄越さないなんてあまりに無情過ぎやしないか。いくら末娘と言えど、そんなずさんな対応はやめてほしい。

「お父様は忙しいのかしら?」
「うーん、特に何も聞いていないけど…」
「約束を守らなかった狼を野放しにするなんて、どうかしているわ」
「……約束?」
「貴方、手荒な真似はしないって父に誓ってたでしょう?」

 ルシウスは一瞬、怯むような顔をした。

「嫌がることはしていないつもりだ、」
「でも、いつも止めてって言っても止めないもの」
「それは君が……」

 困ったように眉を寄せて、しばらく目を閉じた後、ルシウスは小さな溜め息を吐いた。

 私は答えに窮して縮こまるルシウスの背中に手を回して、そのふわふわした癖毛を撫でた。優しく、柔らかく。向けられていた三年分の愛を返すように。

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