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第四章 蛇と狼と鼠
43.三年目の答え合わせ
しおりを挟むトプトプと溜まっていく湯の中に、ルシウスは私の身体を下ろした。あたたかい温度に包まれて張り詰めていた心がじんわりと弛緩する。楕円状の浴槽は大きく、二人で入ってもまだ余裕があった。
服を着たままで入浴するのは初めてのことで、私は纏わり付いてくるブラウスを少し鬱陶しく思いながら指で摘んだ。ルシウスはというと、まるで何も気にならないといった顔で相変わらず笑顔を浮かべたまま、こちらを見ている。
私はその白いシャツの向こうに透ける肌色に顔が熱くなった。
「シーア…ごめん、怖い思いをさせて」
「勝手に飛び出したのは私だから…」
「父さんに聞いたんだろう?」
ルシウスが意味しているのは、つまりマリアンヌをロカルドに紹介したのが彼自身であるということ。私は再び憤る気持ちが表に出ないように、感情を抑えて言葉を選ぶ。
「ええ、聞いたわ。まだ怒ってる」
「本当に悪かった…勝手な事情で、君を傷付けて」
「貴方は以前、私の父に結婚の提案をしたのは自分だと言ったわ。覚えてる?」
「ああ、もちろん」
「どうして…家のためとは言え、こんな勝手な計画に賛同したの?全部、貴方が言ってくれた言葉はすべて嘘……?」
聞いてしまった。
ずっと気になっていたこと、それはルシウスの本当の気持ち。彼が単なる口達者なペテン師なのか、それとも僅かでもそこに本音があるのか知りたかった。
自分の中で小さく芽吹いていた好意を、これ以上大きくしないためにも、ルシウス・エバートンという男の本心を知る必要があったのだ。
「シーア…昔話をしても良い?」
「?」
「三年前の入学式、君は保健室に立ち寄った。隣のベッドで眠ってた生徒に本を渡してくれたよね」
「…えっと、そうね……何でそれを…?」
ロカルドともクラスが別で、友達も居なかった入学式。私は既に形成されつつあるグループに疲れて、保健室に逃げ込んだ。一人になりたかったし、気分は重かった。
するとそこには先客が居て、お互い少しの鬱憤と入学式を放っぽり出した罪の意識を共有したんだっけ。随分と前の話だから、今の今まで記憶の底に沈んでいたけれど。
「あの時、君が話した相手は俺だよ」
「……え?」
「もらった本を何回も読んだ。広い校内で、クラスも違うしなかなか見つけることは出来なかったけれど、あの後君の名前を知ることができた」
「………、」
「ロカルドの婚約者として」
私は向かい合って座るルシウスの瞳を見つめる。
少し目に掛かった黒髪の下で、その双眼は悲しげに揺れていた。
「父の計画に便乗したことは謝る。だけど、どんな非道な手を使ってでも、君と結ばれるなら良いと思った」
無理な言い分を切実に告げるから、私は言葉を失った。
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