43 / 76
第四章 蛇と狼と鼠
43.三年目の答え合わせ
しおりを挟むトプトプと溜まっていく湯の中に、ルシウスは私の身体を下ろした。あたたかい温度に包まれて張り詰めていた心がじんわりと弛緩する。楕円状の浴槽は大きく、二人で入ってもまだ余裕があった。
服を着たままで入浴するのは初めてのことで、私は纏わり付いてくるブラウスを少し鬱陶しく思いながら指で摘んだ。ルシウスはというと、まるで何も気にならないといった顔で相変わらず笑顔を浮かべたまま、こちらを見ている。
私はその白いシャツの向こうに透ける肌色に顔が熱くなった。
「シーア…ごめん、怖い思いをさせて」
「勝手に飛び出したのは私だから…」
「父さんに聞いたんだろう?」
ルシウスが意味しているのは、つまりマリアンヌをロカルドに紹介したのが彼自身であるということ。私は再び憤る気持ちが表に出ないように、感情を抑えて言葉を選ぶ。
「ええ、聞いたわ。まだ怒ってる」
「本当に悪かった…勝手な事情で、君を傷付けて」
「貴方は以前、私の父に結婚の提案をしたのは自分だと言ったわ。覚えてる?」
「ああ、もちろん」
「どうして…家のためとは言え、こんな勝手な計画に賛同したの?全部、貴方が言ってくれた言葉はすべて嘘……?」
聞いてしまった。
ずっと気になっていたこと、それはルシウスの本当の気持ち。彼が単なる口達者なペテン師なのか、それとも僅かでもそこに本音があるのか知りたかった。
自分の中で小さく芽吹いていた好意を、これ以上大きくしないためにも、ルシウス・エバートンという男の本心を知る必要があったのだ。
「シーア…昔話をしても良い?」
「?」
「三年前の入学式、君は保健室に立ち寄った。隣のベッドで眠ってた生徒に本を渡してくれたよね」
「…えっと、そうね……何でそれを…?」
ロカルドともクラスが別で、友達も居なかった入学式。私は既に形成されつつあるグループに疲れて、保健室に逃げ込んだ。一人になりたかったし、気分は重かった。
するとそこには先客が居て、お互い少しの鬱憤と入学式を放っぽり出した罪の意識を共有したんだっけ。随分と前の話だから、今の今まで記憶の底に沈んでいたけれど。
「あの時、君が話した相手は俺だよ」
「……え?」
「もらった本を何回も読んだ。広い校内で、クラスも違うしなかなか見つけることは出来なかったけれど、あの後君の名前を知ることができた」
「………、」
「ロカルドの婚約者として」
私は向かい合って座るルシウスの瞳を見つめる。
少し目に掛かった黒髪の下で、その双眼は悲しげに揺れていた。
「父の計画に便乗したことは謝る。だけど、どんな非道な手を使ってでも、君と結ばれるなら良いと思った」
無理な言い分を切実に告げるから、私は言葉を失った。
61
お気に入りに追加
1,554
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる