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第四章 蛇と狼と鼠
42.指先と真意
しおりを挟む帰りの車の中で私たちは何も話さなかった。
果たして、このまま大人しくエバートンの別荘に帰るのが正解なのかどうかも分からなかった。あの様子だとロカルドがカプレットの屋敷に突撃することはもう無さそうだ。
しかし、今更自分の家に帰ったとして、どうすれば良いのだろう。話し合うのがルシウスが先か、父親が先か、という問題であって、どうせ行き着く先がエバートンとの結婚なのであればルシウスを先に問い詰めても良いと思った。
ただ、もちろん気は重い。
加えて、まだ催淫の作用が残っているのか身体が熱い。
(いつものように触れて来ないだけマシね……)
静かに別荘の前に停まった車から降りる。ルシウスが差し出した手も、首を振って拒否した。彼は少し悲しそうな顔をしたけれど、今手と手が触れ合おうものなら、私はまた真っ赤になって発汗してしまう。
「疲れてるからもう自分の部屋に行くわ」
「……シーア」
「話は明日にしてちょうだい」
「俺のこと責めないの?」
「怒ってるわよ、もちろん。でも話は今日じゃない」
「…………」
「じゃあ…おやすみなさい」
「待って、」
階段を上がって行こうとしたところ、伸びて来た手がパッと腕を掴んだ。私は肩を震わせて足を止める。
「もう少し話がしたい…だめ?」
「……だめ」
「どうして?」
「どうしてって…そんなの、」
目の前に立たれると、私がルシウスを見上げる形になる。
触れられた腕が熱を持ったようにジンジン痛む。ルシウスの手が滑って、私の手を包み込んだ。そのまま封じ込めるようにギュッと握られれば、それに応えるように身体の奥の方が疼く。
「………っん」
「シーア、すごい汗だよ」
気付けば全身から汗が滲んでいて、額に張り付いた髪を心配そうにルシウスがはらう。
「ごめんなさい…シャワー浴びてくる、」
「ロカルドのこと好きな気持ちを思い出した?」
「え?」
「君が、見たことない顔でキスしてた」
「違う!あれは…!」
「あんな顔するなんて知らなかった」
頬を撫でる大きな手ですら気持ち良くて、思わずきつく目を閉じた。
「少し腫れてるね、何かされた…?」
「大丈夫だから、」
叱られているわけでもないのに、悪いことをしたような気分になってくる。素直に、動きを封じられた上で催淫剤を飲まされたと言うべき?でも、そんな恥ずかしい告白したくない。
「シーア、キスして良い?」
「………っ」
今、この口付けを受け入れてしまうとどうなるのか。恐れる気持ちと、ただ流れに沿って受け入れてしまいたい欲望、そもそも彼にそんな権利はないという小さな怒りが頭の中で緊急会議を開いている。
判決が出る前にルシウスに顎を持ち上げられて、私は嫌でも深い碧眼を見つめることになった。真意を確かめるような視線にはどうも耐えられない。
「…ん……、」
ゆっくりと遠慮がちに重なった唇は頭を麻痺させる。軽く合わせていただけなのに、突然立っていられないほど身体が震えた。
「シーア…?」
急に屈み込んだ私を、心配そうにルシウスが覗き込む。なんだろうこれ、脚がガクガク震える。
「っあ…腰、腰が抜けたかも…」
「え?」
「力が入らないの、」
しばらく呆然とこちらを見ていたルシウスも状況を理解したのか、いつまで経っても立ち上がれない私の下に手を差し入れて抱き上げた。
そのまま部屋に向かってくれるのかと思ったら、廊下を突き抜けて浴室に連れ込まれる。私は状況が理解できず、ただルシウスの腕の中で彼を見上げる。その視線に気付いてか、ルシウスは私の目を見て口を開いた。
「ごめん…こんなこと言える立場じゃないけど、嫌だった。君に付いたロカルドの匂いだけでも消したい」
その切羽詰まった表情に押し切られるように私は頷く。
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