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第四章 蛇と狼と鼠
40.歯には歯を▼
しおりを挟む三年間、自分が夢にまで見ていた相手からのキスが、こんな風に実現されるなんて夢にも思わなかった。復讐の協力代としてルシウスと済ませておいて良かったかもしれない。
長く苦しい口付けを終えてロカルドは顔を顰めた。
「おい、もっと嬉しそうな顔をしろ」
「ごめんなさい…正直で」
自由の利かない顔の筋肉を動かして笑みのような表情を作ってみる。ロカルドは腹立たしそうに舌打ちして、私のブラウスのボタンを外しに掛かった。
大人しくエバートンの屋敷に居れば良かったのだろうか。
事情を知っても尚、ルシウスの隣で笑い続ける自信が私にはなかった。嘘吐きな彼が与える愛情のような紛い物は、あまりにも本物みたいで私は容易に錯覚してしまうから。
(こんなことなら、ルシウスにお願いすればよかった)
ロカルドに無理矢理襲われるぐらいなら、まだルシウスを信じているうちに全て許してしまえば良かった。あの優しい触れ方で終わらせてくれれば、思い出としては十分で、そこまで傷付くこともなかったかもしれない。
冷静な頭とは反対に、ロカルドが加えた催淫剤というものが効いてきたのか、身体が奥の方から熱くなってくる。そのうちこの思考すら乗っ取られるのではないかと思うと、ゾッとした。
「大人しくなったな…薬の効果が出たのか?」
「……貴方と話してると吐きそうで、」
「正直になった方が良い。ルシウスとはどこまで進めたんだ?お前の夢見た初夜は実現したか?」
「………っ!」
「どうした?知らないと思ってたのか?」
ニヤニヤとロカルドは愉しそうに笑う。
「見つけるまで時間は掛かった。まさかエバートンの別荘に居たとはな。ルシウスに一枚噛まされたよ」
「彼は私が巻き込んだだけ。関係ないわ」
「シーア、どうして庇う?嘘は良くない…別荘で二人で過ごしてたんだろう?嫉妬してしまうな……」
「冗談言わないで!貴方が嫉妬なんてするものですか!」
思わず大声を張り上げた。
ロカルドが私に嫉妬する筈がない。誕生日も、礼儀としての初夜もすっぽかして他の令嬢に尻尾を振っていた彼が、そんな感情を持つなんて有り得ない。それが例えルシウスに仕組まれたことだとしても、まんまとその罠に掛かったのは彼自身の甘さが原因なのだ。
「貴方がマリアンヌにキスしてるのを見たわ!彼女の身体に触れているのも目にした、よくそんな嘘を言えるわね…!」
「ああ…可哀想なシーア、お前もずっと俺に触れて欲しかったんだな?素直に言えばいいものを…」
「勘違いやめてよ!もう私は目が覚めたの、今更近寄って来ないで……!」
「強気な態度がいつまで続くのか見ものだ」
意地悪くクツクツと笑うと、ロカルドは私を見下ろす。
はだけたシャツの下には淡いピンク色の下着が露出していた。
「地味な女だと思っていたが、少しは色気付いたんだな」
「貴方のためじゃないわ」
「ルシウスか?どこまで許した?人の女に手を出すなんて、アイツも変わった趣味を持ってる…」
言いながらロカルドはレースの縁をなぞるように指を動かした。瞬間、跳ねるように身体が飛び上がる。電流が走ったのではないかと錯覚するような強い快感に、暫くの間、私は息が出来なかった。
気温が管理された室内は、夏場でも涼しいはずなのに、肌はなぜか汗ばむ。額から流れ出た汗の滴が頬を伝った。
「どうした?苦しそうだな、シーア」
「やめ…て、触らないで……!」
「その熱を解放してやろう」
「……っん…」
再びロカルドの唇が押し付けられる。
嫌で嫌で堪らないのに、自分から口を開いて喘いでいた。頭が痛いし、視界はグラグラと揺れるようにぼやける。分かっていることは、もう身体は自分の意思で動きそうにないということ。
下着の上から添えられた手が力強く胸を揉む。痛いはずなのに、そんな乱暴な愛撫ですら刺激になっていた。
「んあ、あ、痛い…!」
「もっと早くに関係を進めておけば良かったな。お前がこんなに俺を求めていたとは知らなかった」
「…冗談やめて!……っあ、ああ、」
「良いことを教えてやろう。俺が関係を持ったのはべつにマリアンヌに限った話じゃない。魅力的な女が居れば懇ろになりたいと願うのは、男のサガみたいなもんだ」
至極正論のような顔で語るから吐き気がした。この鬱陶しい毒さえなければ、今すぐムカつく顔に唾を吐いてやるのに。何もかも最悪だし、最低だ。
どれだけ時間が経ったのか分からないけれど、何度も口付けられながら胸を弄られているうちに、恐ろしいほど気持ちは昂揚していた。このままではいけない、と頭では分かっているのに、その思考すらシャットダウンするように強烈な快感が身体を支配する。
「はぁ……ん、んう」
「……なかなか良い顔をする」
「ああっ、ダメ、いやなの……ロカルド!」
「嫌そうには見えないな。どう思う、ルシウス?」
「………!」
弾かれたように私は部屋の入り口を振り返った。
そこには、ミュンヘンの使用人たちと共に強張った顔をしたルシウスが立っていた。
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