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第四章 蛇と狼と鼠
39.目には目を
しおりを挟む「シーア、随分と久しぶりだな…!」
両手を広げて大袈裟に出迎えるロカルドを睨む。
全くもって何も変わっていない。
自信に満ち溢れた顔も、小馬鹿にするような目も。
「ロカルド様…羞恥のあまり寝込んだかと思っていましたが、お元気そうで安心しました」
「ああ、お陰様でこの通りピンピンだ」
「……何の用で私をここに?」
「っは!惚けるのが好きだな、それとも会話を愉しみたいか?」
「貴方の顔を見ながら話し続けるぐらいなら、便器に向かって独り言を言った方がマシよ」
「なんだその口の利き方は!立場を弁えろ…!」
ロカルドが握り締めた拳が左から飛んできた。
ただでさえ鈍い運動神経に加えて、両腕を拘束されていれば避けられる筈もない。
「………っ」
粘膜が切れたのか、鼻からぬるりと血が垂れるのが分かった。
仮にも最近まで婚約関係にあった相手を全力で殴り付けるのは如何なものだろう。というか、女の顔を殴るなんてどうかしてる。私はこんな男を三年間も見つめ続けてきたのかと思うと、自分の愚かさに涙が出そうだった。
(びっくりするぐらい痛い…目が覚めたわ)
スッと目を閉じて、大きく息を吸い込む。
ニヤニヤと笑みを浮かべるロカルドを真っ直ぐに見据えると、その股のあたりを思いっきり蹴り上げた。
「………!」
床を転げ回りながら痛みに悶える姿をゆっくり鑑賞する時間はないようで、慌てた使用人の男がすぐに私を押さえ付ける。バーガンディ色のカーペットを見つめながら、ロカルドがよろよろと立ち上がるのを横目で捉えた。
紅潮した顔を見るに、さぞかしお怒りのようだ。
どうして彼は、私に会ってからというもの謝罪の言葉を一言も発しないのだろう。何故、あそこまでの復讐を受けた原因が自分の不貞であると思い当たらないのだろう。
どうして、人の心の痛みを知ろうとしないの?
「シーア…お前が馬鹿げた復讐劇を繰り広げてくれたお陰で父親にはかなり叱られたよ。マリアンヌにもフラれた」
「……この期に及んで自分の話ですか?」
「俺の話を黙って聞け!婚約破棄なんて受け付けない、書面は届いた日に破り捨てたさ!」
「なんですって…?」
ロカルドは憎しみに顔を歪めて私の前に屈んだ。
「父に聞いたよ。カプレットは素晴らしい財宝を手に入れたそうじゃないか。みすみす金の鳥を逃がしてなるものか」
「……何を今更、」
「お前が嫌がるなら、羽を引き抜くだけだ…!」
「やめて!」
「押さえてろよ、」
腕を縛り上げる屈強な使用人にそう命令し、ロカルドの長い指が私の口を抉じ開ける。バタバタと足掻いても、粘度のある透明な液体は口内に流れ込んだ。
舌を刺激するその液体は、徐々に身体の自由を奪っていく。手足の先が痺れるような感覚に私は目だけをロカルドに向けた。
「どうだ?お前が俺に与えたサラマンダーの毒だ」
「………っ!」
「有難いことに催淫剤も手に入ったから混ぜてみた。なかなか良い気持ちだろう?」
「……や…め、」
「大丈夫。舌はそのうち動くようになる。俺を悦ばせるためにせいぜい頑張ってくれよ」
抵抗も虚しく、捉えられた手首にテープが巻かれる。
「シーア、目には目をって言うだろう?これから行うことはお前への報復だ。過ぎてしまった誕生日を祝おう」
ロカルドが何か合図をして、私を取り囲んでいた男たちは部屋を出て行く。静かな部屋の中で私は、自分を見下ろす蛇のような男の目を見つめ返した。
最悪な誕生日プレゼントの封は解かれたようで。
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