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第三章 エバートン家の令息(ルシウスside)

36.作られた日常

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 眺めの良い部屋に、彼女好みの水色のカーテンを。
 大きな本棚には推理小説をメインに幅広く本を揃えた。

 洗面所にはシーアがかつて好きだと言っていた甘酸っぱい花の香りがする香水やシャンプーを並べて、一通りの化粧品も準備するように指示を出していた。

 洋服や下着は華美過ぎず、自然なものを何セットか買い揃えたので気に入ってくれると良いけれど、気に入らなければまた違うものを用意すれば良いだけの話。

 作られたこの生活を彼女が拒絶する可能性は大いにあった。むしろ、受け入れることの方が難しいだろう。いつかは説明しなければいけないことは分かっている。騙し騙しで繋ぐことなど、出来ないと。


「結婚については正直よく分からない…あまりに急で」
「分かってる、困らせてごめん」

 悲しそうに目を伏せるシーアを見つめる。

「でも、貴方にそんな顔させたくないの」
「………、」
「どうしたら良い?」

 それは、大きな前進であると思えた。シーアが自分のために思い悩み、どうすれば良いか判断を仰いでいる。単なる外野の人間から、彼女に心配される対象になれたというなら、保護という名目で連れ出して二人だけの生活に囲い込んだ意味は十分あったと言えるだろう。

 自分の与えた服を着て、自分が提供した食べ物を食す。
 それに加えて同じ空間にずっと存在することが許されるのだから、罪悪感の片隅で、幸福を実感せざるを得なかった。



 ◇◇◇



 事件が起こったのは四日目の夜。

 ロカルドへの想いを語る彼女の姿にひどく嫉妬した。そんな資格はないと分かっていても、彼女の口からその婚約者の名前が出て如何に彼を愛していたか聞かされるのは、とても耐えられることではなかった。

「……シーアの肌、良い匂いがする」
「っあ、ん…」

 あたたかな腿の肉は、唇を付けるとしっとりと汗ばんでいて、どうしてか甘い匂いがした。

 鼻に掛かったような微かな喘ぎ声を聞いて欲情するなと言う方が無理な話で、今すぐ彼女をどうにかしてしまいたいという愚かな願望を抑え込むのは非常に骨が折れた。

(こんなに好きなのに……)

 一方通行の重たい愛ほど気持ちの悪いものはないと、かつての自分は考えていた。大して中身を知らないくせに、家名や噂に引っ張られて愛を告白する令嬢のことを、浅はかな人間だと心の底から嫌悪していた。

 それがどうだ。
 今、自分はまさのその状態。

 爆弾のような嘘を抱えているのにと自嘲していたら、唐突に柔らかな唇が重なった。


「……ごめんなさい、私何を、」

 すぐに身体を離したシーアは戸惑うように下を向く。

 信じられなかった。あのシーアが自分から口付けをしてくれるなんて、本当に夢のような話。それが同情でも、憐れみでも、はたまた一時の気の迷いであったとしても、ただただ嬉しかった。

 少しずつ、本当に少しずつ。
 距離は縮まっているのではないかと期待した。

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