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第三章 エバートン家の令息(ルシウスside)

34.夜の植物園

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 彼女の姉たちの手によって派手な化粧を施したシーアは、まるで別人のようだった。瞬きをすれば揺れる長い睫毛は鳥の羽みたいで、キラキラと光る目元は美しい蝶を彷彿とさせた。

「そんなに見ないで、少し派手すぎたって分かってる」
「綺麗だよ…本当に」
「貴方ってよく人を褒めるわね。照れるわ」

 シーアは恥ずかしそうに、パタパタと片手で顔を仰ぐ素振りを見せる。車は順調に植物園へと向かっていた。

 話をするたびに動く赤い唇は、悩ましいほどに艶めかしく、目が離せなかった。それは例えば彼女がドラキュラで、一度牙を立てられると死ぬまで血を吸われるとしても、その赤い唇に触れることが出来るならば構わないと思える程度には、魅力的だった。

 実際のところ自分が褒めるのは相手がシーアだからであって、これが別の人間ならば無言を貫く。彼女の目にどう映っているのかは分からないが、ロカルドやマリアンヌがこのような自分の姿を見たら驚愕するだろう。


「本当に実行するつもりなんだね」
「今更そんなこと言わないで、私は本気なの」

 シーアがロカルドへ行う復讐。
 その内容は歓迎できるものではない。

 自分としては、彼を辱めるために全裸にして写真を撮るとか、犬やモノ好きな大男に襲わせるぐらいが丁度良いと思ったが、彼女には却下された。

 陵辱という名目で、ロカルドの肌に触れて彼を悦ばすだなんて、そこまでする必要があるのかと言いたかった。しかし、シーアとしては譲れないようで、何度も説得を試みたが彼女の強い意志は到底覆りそうになかった。



 ◇◇◇




「いいわ、分かった。それで済むなら安い話だもの」

 復讐劇に加担した報酬として要求したキスは、比較的あっさりと許可された。家族へ金銭を負担させるよりは良いと考えたのか、想い人であったロカルドへの仕返しを目前にして自暴自棄になっているのか分からないけれど。

 濁った罪悪感の中で、しかし、心は嬉しく思った。

 恋焦がれた意中の相手と一瞬でも唇を重ねることが出来るのだ。例え彼女がその行為を疎ましく思い、実際に口にしたように「壁を舐めること」と同等と捉えても別に良いと思えた。三年間の片思いも少しは報われると言えるだろう。


「シーア…何かあったらすぐ呼んで、」

 後ろから触れた彼女の柔らかい手は僅かに震えていた。

 それはそうだろう。三年間想い続けた婚約者に彼女は今から強気な態度で挑むのだから。不安や恐れはもちろんのこと、恥じらいや後悔もあるはずだ。

 それらの弱い感情を殺してシーア・カプレットはロカルドに立ち向かおうとしている。何か、など起こることは許されないし、万が一のために扉の側で様子を窺うつもりだった。

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