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第三章 エバートン家の令息(ルシウスside)
33.羨望のその先
しおりを挟むロカルドへの復讐計画を練るために、シーアがエバートン家へ訪れて来た。大泣きで話にならなかったらどうしようかと心配していたので、意外にも気丈に振る舞う様子を見て驚いた。
出したコーヒーは気分が進まなかったのか、それとも好みではなかったのか、ほとんどカップに残っていた。
「アマンダ、明日は甘い飲み物を出してほしい」
「丁度先日届いたアッサムの茶葉があります。濃厚なコクがあるのでミルクティーにすると女性は好まれるかと」
「分かった。それで頼むよ、ありがとう」
礼を伝えると、長年エバートンに身を置くメイド長は深々と頭を下げる。
シーアは気に入ってくれるだろうか。楽しい話ではないから、飲み食いが進まないのも仕方ないことだが、僅かでも彼女の顔に喜びが見られるなら十分だと思った。
◇◇◇
「ロカルドともしたことがないの」
「意外だな、本当?」
「ええ。初めては好きな人が良いから」
ピシャリと言い放って、シーアは再び考え事を始めた。
思わず、伸ばしかけた手を止める。
べつにキスをしようとしたわけではないが、意気込む彼女の肩に手を添えるぐらいは許されるかと思った。それをキスと誤解されたことは不本意だけれど、お陰でシーアがまったく自分に好意など抱いていないことはよく分かった。
悲しくないわけがない。
しかし、悲しむ権利などない。
彼女の幸せを奪って、憎しみの種を植え付けた。今まで愛していた人間を恨むことが、どんなに苦しいことなのか。清らかな心に復讐心という強く淀んだ感情を抱えるのは、シーア自身も抵抗があったはずだ。
「家まで送らせてくれないか?」
「いつもご丁寧にありがとう。でも、大丈夫よ」
「分かった」
ぺこりと頭を下げて去って行く後ろ姿を玄関から見送った。
淡い茶色の髪が風に乗って揺れている。どんよりと曇った空は決して天気が良いとは言えず、しかし、そんな空の下でもどうしてかシーアだけは輝いて見えた。
ロカルド・ミュンヘンになりたいと、ずっと思っていた。彼が婚約者としてシーアの存在を明かした瞬間から、羨ましくて堪らなかった。不貞を働いた男としてシーアに憎まれている今だって、その心をここまで動かすことが出来るロカルドに対して嫉妬した。
(初めては好きな人、か………)
三年間想い続けたロカルドともしたことがないキスを容易に好きでもない他人に捧げることなど出来ない、と彼女は言った。それは当然だろう。
どうしたらシーアに警戒を解いてもらえるのか。
仕方のないことだが、傷心の彼女との距離を縮めるのはかなり難しい話で、未だに自分を見る目は完全に他人へ向けるそれだった。この上さらに、親の命令で彼女を騙して結婚をでっち上げた悪党という冠を被るのだから、彼女からキスを許される日なんて永遠に来ないように思えた。
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