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第三章 エバートン家の令息(ルシウスside)

32.白い結婚

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「ルシウス、進行はどうだ?」
「はい。カプレットの娘には接触しました」
「ロカルドは腑抜けになっているんだろう?」
「そのようですね」

 答えながら、来るべきシーアの誕生日を思った。

 今夜、彼女は18歳になる。
 ロカルドは誕生日プレゼントぐらいは既に渡しているのだろうか。彼の口からは結局一度もシーアの誕生日を気にするような言葉は出なかった。マリアンヌから聞いた話によると、今夜も彼女は彼に誘われているらしい。

 もしも、ロカルドがカプレット家へ行くためにマリアンヌとの予定をキャンセルするようであれば、マリアンヌの方から何か動きを掛けてもらう予定だったが、おそらくその必要もないだろう。

「カプレットの娘にとっても或る種の救済じゃないか?自分を蔑ろにする男に生涯を捧げる必要はない」
「……彼女はそうは思っていないようです」
「というと?」
「シーアはロカルドを好いていましたから」
「大層な愛だな!」

 ウェルテルは鼻で笑い、赤いワインを流し込んだ。

「愛も恋も嗜むぐらいが丁度いい。溺れてしまえば身を滅ぼすことになるんだ。弁えろよ、ルシウス」
「分かっています…父さん」
「…シャーロットは戻って来ず、ミュンヘンで死んだ」
「………、」
「今でも夢に見る。最期に一目でも見ることが出来れば、あの時に臓器を売ってでも金を作っていれば、そもそもミュンヘンに借金などしなければ……」

 母シャーロットを失ったせいで、父親が一定期間深く沈み込んで衰弱していたことは知っていた。みるみる痩せていく背中を子供ながらに心配したし、荒れたように毎晩酒を飲む父が、目に見えない母親に語り掛けている様子を目にしたこともある。

 そして、どうやら未だに、彼はその悲しみを処理しきれていないようだった。


「シーア・カプレットの婚約破棄が成立したら、正式にエバートンから結婚を申し込む」
「……はい」
「カプレット子爵には既に結婚の意思は伝えたんだろう?」
「ロカルドの不貞と併せて伝えてあります」
「彼女に対して勝手な真似はするなよ。結婚前に手でも出してみろ、温和な子爵といえど逆鱗に触れるはずだ」
「心得ています」
「ミュンヘン同様に白い結婚としても良い。彼女がお前に興味を持たなかった場合は、仕方がないだろう。カプレット子爵もその場合は理解してくれるはずだ」

 要は一度結婚さえすれば良いのだから、と自分を納得させるように頷きながらウェルテルは言う。

 複雑な気持ちだった。ロカルドの不貞を仕立て上げることでシーアを幻滅させ、復讐を通して憎しみを募らせる。そうして自分は親切に彼女に寄り添うフリをしながら距離を縮める。最終的な種明かし、つまりカプレットとエバートンの利益のための結婚については、いつか彼女に話をせざるを得ないだろう。

 白い結婚になることは目に見えていた。
 自分を騙した悪人を愛する人間など、どこにいるのか。


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