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第三章 エバートン家の令息(ルシウスside)
29.提案と承諾
しおりを挟むそれからは地獄のような日々が続いた。
華やかな世界で遊び回るロカルドを友人として見守りつつ、学園の中で時折目にする儚げなシーアの姿を目で追った。考えないようにすればするほど、鮮明に目に焼き付いた。一生手に入らない宝石を鼻先にぶら下げられているような苦痛。
否、本当の地獄はきっと彼女の方だろう。
見たところロカルドは本当にシーア・カプレットに興味がない。恋人同士が一緒に参加するであろうイベントにはことごとく友人と一緒に参加しているし、擦れ違っても目もくれないことは日常茶飯事だった。
しかし、彼女の目線の先にはいつもロカルドが居た。
どんなに遠く離れていても、彼がまったく気付く様子など見せなくても、シーアはいつだってロカルドを追いかけていた。
それはおそらく彼女の観察を続ける自分だからこそ気付いた事実で、ロカルドに向けられる熱い視線を見るたびに心臓が焼き切れるぐらい傷んだ。
それでも尚、彼女の姿を追い掛けることを止められなかった。
「………どういう意味ですか?」
そうした苦しみすら日常に溶け込んできた頃のこと。夜中に突然、父親に呼び出された。
「信頼できる情報筋から、カプレットがミュンヘンと鉱石の採掘権を巡って手を組んでいると聞いた。どうやら、カプレットは泥を扱う貧乏貴族から、いつの間にか金の鳥へと変身していたらしい」
「それは、つまり………」
「ミュンヘンが甘い汁を啜るのを私が黙って見過ごすと思うか?」
「………、」
「もう手は打っている。カプレット子爵は話が分かる優秀な方だ。条件次第ではエバートンに乗り換えを考えると返答をいただいた」
心臓の鼓動が速まっていた。
願ってもみない事態が起こったのだ。
「ルシウス、カプレットの娘の注意をミュンヘンの息子から逸らせ。婚約破棄まで持ち込めば、こちらのものだ。契約開始は娘の結婚後らしいからな」
「……しかし、父さん…!」
自分は誰よりもよく理解していた。
シーア・カプレットが如何にその婚約者を愛しているのかを。彼女が三年余り抱き続けた淡い恋心を、眼中にない自分が奪えるはずなどないということを。
「お前がカプレットの娘を惚れさせるんだ。すべてはエバートンの…お前の母親を殺したミュンヘンへの復讐のために」
「………っ」
「子爵に聞いた話だと、半年後にカプレットの娘は18歳になる。生娘のまま終われば、白い結婚として破談にすることは簡単だ」
「出来ません…そんなこと……!」
「ルシウス、」
有無を言わさぬ強い口調だった。
「お前に期待している」
「………、」
この提案が父親であるウェルテルの、エバートンの当主としての申し出ではなく、妻を盗られた男の個人的な遺恨であることは明白。積年の恨みを今ここで晴らそうとしているのだと分かっていた。
そして、それに加担することが無垢な彼女をどれだけ傷付けるのかということも。
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