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第二章 エバートン家の別荘
26.白い車が向かう先
しおりを挟む車は砂利道を抜けて公道を走っていた。
もう流石にウェルテルやルシウスを含む、エバートンの者が追って来る心配はないだろう。ほっと胸を撫で下ろしながら、父親に会ったら何と問い詰めようかと考えた。
先ずはそのよく分からない貴重な鉱石について詳しく話が聞きたいし、姉たちや母がどこまで計画に加担しているのかも気になるところだ。そもそも、本当にミュンヘンやエバートンなどの名家の手を借りなければいけないのかも疑問が残る。
商談のために娘の人生を巻き込むなんて止めてほしい。
私は心の底からこの点には腹を立てていた。
(全部…私を丸め込むための演技だったのね…)
別荘を出てからずっと、考えないようにしていてもルシウスの顔が頭に浮かぶ。今頃父親から私が出て行ったことを聞かされて焦っているだろうか。
触れ合いたいなんて言われて、身体の色々な場所を彼に許してしまった。肌の上を滑るルシウスの舌の感触を、私はまだ覚えている。キスをする時に背中に回される大きな手が、確かめるように覗き込む碧色の瞳が、好きだった。
(誰よりも愛してるって…言ったのに)
その言葉すら嘘だったなんて。嫉妬する振りまで出来るから、彼は恐ろしいほど人を騙すことに長けている。うっかり気を許して、私は自分から彼を求めてしまった。
身体を重ねなかっただけ、マシだろうか。
「………あれ?」
ふいに窓の外を見ると、車はカプレット家へと続く道から僅かに逸れていた。
「さっきの道は右に曲がるんじゃないの…?」
運転手も助手席に座った男も返事をしない。
嫌な予感がして、車のドアに手を掛けるも、ロックが掛かっていて開けることは出来なかった。
私はどうして彼らが自分の家から来たと信じてしまったのだろう。何故、忘れてはいけない可能性について考えなかったのだろう。
「今すぐ降ろして!このドアを開けて……!」
大きな門構えを通過して、広い敷地の中に車は静かに停車する。嫌というほど見覚えがある庭園が私を迎えた。
人生における絶望に順位付けをすることが出来るのならば、私は今この瞬間を一番にするだろう。外からドアが開けられて、強い力で引っ張り出される。勢い余って芝生の上に倒れ込むと、目線の先に見慣れた白い革靴があった。
初めて会った時から、私はこの男の目が苦手だった。
人を見下すように歪んだ青い目。
「…シーア…カプレットのドブ鼠、」
「……お久しぶりですね、ミュンヘン公爵」
無理矢理に笑顔を作って私は顔を上げた。
ダルトン・ミュンヘンはゴミを見るように顔を顰める。
ロカルドといい、その父であるダルトンといい、どうしてミュンヘン家の男たちはこうも偉そうなのだろう。内心毒突きながら下を向いていたら、頭に引っ掛かるようなダルトンの声が私の名前を呼んだ。
「シーア、」
「なんでしょうか…?」
「ロカルドがお前に話したいことがあると」
「………っ!」
両腕を後ろに縛られて、屋敷の中へ連れて行かれる。遠ざかるダルトンの背中を見つめながら、どうにも楽しいことなど起こりそうにないので泣きたくなった。
部屋の前で立ち止まった男たちはノックをする。
開いた扉の先に、私は笑みを浮かべるロカルドの姿を見た。
◆お知らせ
明日からルシウス視点の第三章に入ります。
主人公以外の視点で一章丸々使うのは初めての試みなので、上手く書けているか心配ですが、どうぞ宜しくお願いいたします。
栞やエール、お気に入り登録ありがとうございます。
次章を挟んで本編に戻る予定です。
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