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第二章 エバートン家の別荘

25.幸福な男と選択肢

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「今じゃ安定した地位を築いたエバートン家だが、昔は苦しい時期もあった。ちょうどルシウスが生まれた頃だ、借金が膨大に膨らんで、当時飛ぶ鳥も落とす勢いで成長していたミュンヘン家から金を借りた」
「………、」
「返すアテなど無かった。すると、ミュンヘンは妻を要求して来た。今思えば…ロカルドの母親である下女を追い出して、後釜を探していたんだろうな」
「……そんな…!」

 語られる話はすべて初めて耳にすること。
 ロカルドの母が下女ということは、現在ミュンヘン家に居る彼の継母は三人目の母ということになる。混乱する私に、尚、ウェルテルは話を続ける。

「どんな生活を送っていたのか分からない。ただ、亡くなったという噂が入って来た時は信じられなかった。私がもっとしっかりしていれば、事業で失敗しなければ……何度、後悔したか分からない」
「……ルシウスもその話は、」
「もちろん知っている。この話はこれで終わりではない」
「?」

 ウェルテル・エバートンは悲しみの表情を一変し、わずかな憎しみを滲ませて私に向き直った。

「三年前、極めて運の良い男が、特殊な鉱石が取れる鉱脈を発見した。あまりの稀少さから、国内ではまだその価値が認められていないが、国外では目を見張るような高値で取引されている石だ」
「…………」
「ヴェリタスストーンという名前を聞いたことは?」
「ごめんなさい…ありません」
「ダイアモンドより硬く、その輝きはサファイアやルビーすら凌ぐと云う。男はせっかく掴んだチャンスを最大限に活かすために良きパートナーを探した」
「………、」
「そこで白羽の矢が立ったのが、国内における商いで上位争いをしていたミュンヘン家だ」

 私は言葉を失った。
 ウェルテルは私の驚愕する姿など目に入らないといった風に淡々と言葉を紡ぐ。感情のないその説明じみた喋り方に、私の心は置いてけぼりを喰らったままだ。

「君の父親は農地で見つけたヴェルタスストーンの採掘権を、上限を設けた上でミュンヘンに与えることになった。流通に乗せるための手助けと、末娘である君との婚約を条件に」
「……でも、父は婚約を破棄しても良いと…!」
「カプレット子爵は根っからの商人気質だ。より良い条件を提示されれば呑む。ミュンヘンに二度も辛酸を舐めさせられるのは懲り懲りだった」
「………、」
「だから…カプレット家の農地経営の援助を申し出て、採掘権を放棄する代わりにエバートンとの連名で売り出す提案をしたんだ。売上は少し貰うことになるが、既存のネームバリューを利用しない手はないし、カプレットは鉱石の独占状態を維持できる」

 頭では理解していても、感情は追い付いていない。
 この話を鵜呑みにするとつまり、すべては私の意思などまったく関係ないところで既に決まっていたということ。

 私の小さな婚約破棄なんて、エバートンからミュンヘンへの壮大な復讐劇の中の一つの歯車でしかない。ルシウスはどこまで知っていたのだろうか。あれもこれも全部、自分たちの希望を通すための演技?


「ロカルド君が浮ついた心の持ち主で良かったよ。お陰でルシウスの紹介した女にすぐ流れた」
「………え?」
「おっと、これは言うべきではなかったかな…」

 ウェルテルは顎髭の生えた口元に手を当てて、しまったという顔をする。私は聞き捨てならない言葉に耳を疑った。

「今…なんと仰いましたか?」
「……仕組んだようなことをしてすまない、君にはミュンヘンの息子を諦めてもらう必要があったんだ」
「………なんで…、」

 ロカルドにマリアンヌを紹介したのはルシウス。
 全部、全部、彼は知っていたということ。

 ロカルドの不貞を私に知らせ、疑いを持った私が自分の元へ出向くように仕向けて、復讐劇を手伝う親切な協力者を装う。復讐が終わった後は匿うという名目で私を隔離して、ドロドロの劣情の下に沈める気だったのだ。

 まんまと、信じてしまった。

 甘い言葉も、優しい態度も、向けられる笑顔も。
 すべてを愛しいと思えるほど、馬鹿みたいに信じた。


「……公爵…教えていただき、ありがとうございます」
「申し訳ない…ルシウスはただ私の命令を、」
「大丈夫です。でも、もう…此処には居られません」
「待ってくれ……!」

 呼び止める声を無視して、踵を返して玄関へ走った。

 靴も履かずに砂利道をがむしゃらに走る。車の轍を目印に何分走ったか分からないが、ルシウスに巻いてもらった足の包帯が泥だらけになった頃、前から来た白い車にクラクションを鳴らされた。降りてきた男たちを見て私は警戒する。

「……なに?貴方たちもエバートンの使いっ走り?」
「いいえ、私たちはシーア様を家に連れ帰るために参りました。どうかお車に乗ってください」
「家ってカプレットの…?」
「はい。ご両親からの依頼です」
「分かったわ」

 父親には聞きたいことが腐るほどある。
 向こうから迎えに来てくれるなら、タクシーを拾う必要もないし、エバートンの使用人に追われる心配もないから有難いことだ。

 私は男たちの後をついて車に乗り込んだ。窓ガラスの外を過ぎ去る鬱蒼とした緑を目で追いながら、聞いた話を反芻していると自然と涙が溢れてくる。

 これだから、恋なんて簡単にするべきではない。
 ルシウスに気を許すのは、きっとあまりに早過ぎた。


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