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第二章 エバートン家の別荘

24.ウェルテル・エバートン

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 目が覚めたらルシウスは居なかった。

 あの後、どうやって眠りに至ったのか全く記憶がない。ベッドの上で呆然と昨日の記憶を辿ると、思い出すだけで恥ずかしい数々の場面が頭を過ぎる。

 ルシウスに私の気持ちは伝わったのだろうか。婚約破棄が成り立っていない以上、私の口から彼に何かを伝えることは憚れるけれど、どうか嫌っていないということは伝わってほしかった。

 昨日は最悪なことに、夢の中にロカルドが出て来た。まだ未練があるというよりも、それは三年間の時間を惜しむような内容で、私は救われない自分の気持ちを思って泣いていた。今ならすべて無駄だったと分かるのに。


 そろりと部屋のドアを開けると、いつものように衣服のセットが置いてある。いったいルシウスはどんな気持ちで私の下着を用意しているんだろう。

(知れば知るほど…変わった人だわ)

 あの寡黙で頭脳明晰なルシウス・エバートンが、私のためにレースの付いたショーツを畳んでいるなんて、想像しただけでなんだか笑える。サイズも好みもどうやって調べたのか謎だ。

 服を着て、鏡の前でお化粧を済ませると、階下から物音がした。ルシウスはもしかするとキッチンに居るのかもしれない。昨日焼いたクッキーも余っているし、朝食がまだのようならコーヒーでも淹れて一緒に飲もうか、と階段を駆け降りた。


「ルシウス……!」

 リビングの棚の方を向いて佇む背中に声を掛けた。

「……あ、」

 しかし、振り返ったのは彼と同じ黒髪に碧眼の、少し年配の男性。自分の父であるウォルシャーほどの年齢であることから、ルシウスの父親であることは容易に想像出来た。

 男は手に持った写真立てを棚に戻しながら、私の姿を一瞥する。その様子は私が話し始めるのを待っているようで、重たい空気を感じつつ、恐る恐る口を開いた。

「エバートン公爵…ですよね?」
「……ああ、いかにも」

 やはり。この男がルシウスの父親であり、エバートン家の当主ウェルテル・エバートンだ。

「君がルシウスの言っていたキャストか?」
「キャスト?」
「カプレットの娘だろう?」
「そうですが……」

 話が読めずに首を傾げる私の前で、ウェルテルは目を写真立てに向けたまま鼻を鳴らした。

「何も聞かされていないようだな」
「……?」
「この写真を見て何を思う?」

 私は差し出された写真立てを両手で受け取って目を落とす。

 セピア色に変色した長方形の写真の中では、ルシウスにそっくりな若い頃のウェルテル・エバートンと、その隣で微笑む美しい妻、そして二人の間に挟まれるように、まだほんの三歳ほどのあどけない顔のルシウスが映っていた。

 そっくりな親子と一緒に映り込む女には見覚えがあった。私はこの女性を見たことがある。

(……どこだっけ…確か…)

 頭の中を引っ掻き回して、その記憶の断片を見つけた時、私はハッとした。ウェルテルとルシウスの隣で笑う美しい女を見た場所、それはミュンヘンの屋敷だったから。

 毎週金曜日に食事をいただいていた部屋に、その写真は飾られていた。ロカルドからは父親の前妻だと説明を受けたと思う。現在は新しい義理の母を迎えているから、気にしたことなどないし、すっかり存在を忘れ去っていた。


「……この女性の写真を、ミュンヘンで見たことがあります」
「だろうな。どこかには残っていると思ったよ」
「どういうことですか?ルシウスのお母様は…」
「ミュンヘンに嫁いで死んだ。この話は長くなるが良いかい?」

 私はただ、ウェルテルの目を見て頷いた。
 語られる話が自分の心をバラバラにしてしまうとも知らずに。


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