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第二章 エバートン家の別荘
19.チョコレートの温度
しおりを挟むキスしてしまった。
うっかり、自分から。
否、アクシデント的な言い方をするのは適切ではないかもしれない。だって私は素直に自分の気持ちに従ってルシウスに口付けたのだ。子供のように真っ直ぐで、ドロドロに溶けたチョコレートのような愛情に手を伸ばして。
「……ごめんなさい、私何を、」
「シーア…?」
喜ばないで、そんな目を向けないで。
「違うの、まだ気持ちの整理はついていない」
「うん」
「でも…貴方の辛い顔を見ていると私もしんどくて」
「ありがとう、同情でも何でも良いんだ」
「………、」
「どんな感情でも良い。君が関心を持って、俺を受け入れてくれるなら何だって良い」
言いながら、ルシウスはまた色付いた肌の上を舌でなぞる。私はその位置が徐々に上へ上へと移動していることに気付いていた。自分が意識しないようにしているだけで、熱い瞳が渇望しているものも分かっている。
それでも、そんな早急に心の準備は出来ない。私を騙して父親と共謀していたことへ対する怒りはまだ胸中にあったし、ロカルドとの一件が片付かないと、次の恋愛なんて考えることは難しい。
「ルシウス…ごめんなさい、今日はもう…」
「大丈夫だよ。俺にとって君は絶対だ」
「………っん」
何度か愛しむように私の太腿に口付けると、ルシウスは笑顔を見せて立ち上がった。離れた唇に追い縋るように、また身体の奥が疼く。
そのどんよりとした痛みが、どうやったら鎮まるのか分からなかった。ルシウスは私に、初めての感情ばかりを教える。自分から誰かにキスしたいなんて思ったことはないし、与えられた熱が身体に残るなんて知らなかった。
「もう眠ろうか?」
「そうね…」
もう少しだけ、一緒に居たいという気持ちと、一人きりになって静かに自分の心に耳を澄ませたい気持ち。相反する二つの気持ちが私の中でせめぎ合っていた。
ルシウスに手を引かれて階段を上って行く。
ただ、家の中で自分の部屋へ戻るだけなのに、まるでお姫様をエスコートするように扱うから、私は無駄に繋がれた指先を意識してしまう。
「シーア…ある有名な小説家が残した言葉だけど、聞いたことがあるかな?」
「なに?」
「人生で最も悲しいことの一つは、人は覚えているということ。俺は君の記憶の中のロカルドを消し去ることは出来ない」
「……そんなの…!」
「嘘じゃない。どんなに願っても、足掻いても、君が彼を愛した三年間は俺のものにはならない」
「………、」
見上げた視線の先でルシウスの瞳は揺れていた。
そんなことはない、と口先だけで言うことは出来た。だけれど彼はきっとそんな言葉を望んでいない。何も実らなかった三年間。ただロカルドだけを想い続けた年月を、私はもう取り戻すことは出来ない。
「だけど、覚えていてほしい」
「……?」
「君がロカルドを愛した気持ちより、遥かに深く、俺は君を愛すると誓う。だから、どうか逃げないで」
「………っ」
その碧色の瞳は、逃げようものならどこまでも追って来そうで私は思わず息を呑んだ。掴まれた指先が痛い。
婚約者の親友から、親切な共犯者へ。果ては致死量の愛を与えるパートナーの座へ収まろうとするこの男を、私はいったいどうやって飼い慣らせば良いのだろう。
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