18 / 76
第二章 エバートン家の別荘
18.四日目の嫉妬▼
しおりを挟む夕食のビーフシチューを食べ終わって、私たちはトランプをして遊んでいた。四日目ともなれば、さすがに生活にも慣れて、何がどこにあるのかも大体分かってきた。
エバートンの所有するこの別荘には、使われていない部屋がいくつもある。そもそも二人で生活するには大きく、持て余すような広さなのだ。私が眠る部屋とは別にルシウスも部屋を持っているようだし、鍵を閉めることも出来るから、夜間の安全は問題なさそうだ。
ルシウスが解錠できる可能性は大いにあるけれど。
「シーア、お化粧するようになったんだね」
小さな変化に気付く彼の観察力に驚きながら私は頷いた。今までは薄く粗を隠す程度だったけれど、ロカルドの一件があってから自分の殻を破るために変わりたいと思った。
安易な考えかもしれないけれど、先ずは見た目から。「地味で大人しい」と侮られないように、私なりに少しばかり変化を付けてみたのだ。
「もう地味だなんて言われたくないの」
「君はずっと綺麗だよ」
「そう思うなら貴方の目って特殊ね」
私は笑いながら、ルシウスの手札からカードを一枚引っ張った。大きな釜を持った死神のイラストを見てげんなりする。ルシウスは可笑しそうに目を細めた。
「そうだね、俺の目はたぶんすごく特殊だ」
「……?」
「シーアだけいつも特別に見える。どこに居たって見つけられる。他の人間なんて目に入らないぐらい」
「大袈裟よ、そんなの勘違いだわ」
「勘違い?」
「私にもそういう時期があったの。ロカルドばかり目で追い掛けて、見つけ出してしまうような時期が」
「………、」
急に喋らなくなったルシウスを不審に思い、テーブル越しに様子を伺った。私はもしかしてまた口を滑らせたのだろうか。でも、本当にただ、そういった感情は短期的なものであって長くは続かないと教えてあげたかった。
今は熱に浮かされたようにルシウスが私を求めても、それは一過性の病気のようなものだと。
「ルシウス……?」
静かにカードをテーブルに置いて、席を立ったルシウスの動向を見守る。黒髪の下の双眼から感情を読み取るのは難しそうだった。
椅子に座った私の隣に跪くようにルシウスは屈む。
「どうしたの?何か気分を害したなら謝るわ、」
「触れても良い?」
「え?」
「妻になる君の身体に、触れさせてほしい」
許しを請うように私の手を取って口付けるのは、国内有数の名家の息子。いったい何故、彼が恭しく私に触れるのか、どうして拒否されても尚、時間を掛けて距離を詰めようとするのか。私には到底分からない。
ただ、その熱意に押されるように私は頭を下げる。肯定と受け取ったルシウスはスカートの裾を持ち上げた。
「待って、どこに触れるの?」
「……太腿?」
「ダメよ。だってそこは…、」
「心配しなくても君の大事な場所には触らない」
露わになった肌にそっとルシウスの唇が重なった。ふわふわと髪の毛が当たって、笑い出しそうになる。
しかし、少し進めばそこはもう、誰も受け入れたことのない秘部で、履いているショーツは絶対に彼の目にも入っているはずだ。頭の隅でどんな下着を付けていたか思い出そうとしたけれど、ご丁寧に毎朝ルシウスが運んで来てくれる服は下着から靴下に至るまですべて彼が選んだもの。特別派手でもないけれど、端にあしらわれたレースの繊細さから、上質なのだろうということは分かった。
「……シーアの肌、良い匂いがする」
「っあ、ん…」
思わず漏れた声に恥ずかしくなって唇を噛んだ。
どうしてこうも恥ずかしいことを平然と出来るのだろう。そう言えばエバートンの屋敷でも、練習という名目で彼は自身を私に貸し出してくれた。こういう行為に慣れているというか、抵抗がないということ?
だとしたら、一人だけ顔を赤らめて醜態を晒している自分がなんだか馬鹿みたいだ。
「君が…ロカルドの名前を口にする度、正直言うと嫉妬で頭がおかしくなりそうだ」
「……え?」
「婚約者だったから気持ちがあるのは分かる。でも、彼は重要な日をすっぽかして、他の女と逢瀬を重ねるような男だろう?」
「知ってるわ、そんなの…!」
「俺だったらシーアをそんな目に遭わせたりしない、君を蔑ろにしたりなんかしない…俺は、」
「……っ、ルシウス!」
強く吸われた肌の上には赤い鬱血痕が出来ていた。
「誰よりも…君を愛しているから」
拒絶するにはあまりに率直。
突き放すには、私は近くへ行き過ぎた。
ルシウスの手が頬に触れる。
一途すぎる思いは身体を縛り付ける重たい鎖のようだ。それでもまだ、不安そうに揺れる瞳を落ち着かせるために、私は自分から唇を重ねた。
それが愛なのか、情けなのかも分からないまま。
71
お気に入りに追加
1,548
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
わたしは不要だと、仰いましたね
ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。
試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう?
国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も──
生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。
「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」
もちろん悔しい。
だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。
「きみに足りないものを教えてあげようか」
男は笑った。
☆
国を変えたい、という気持ちは変わらない。
王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。
*以前掲載していたもののリメイク
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる