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第二章 エバートン家の別荘

18.四日目の嫉妬▼

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 夕食のビーフシチューを食べ終わって、私たちはトランプをして遊んでいた。四日目ともなれば、さすがに生活にも慣れて、何がどこにあるのかも大体分かってきた。

 エバートンの所有するこの別荘には、使われていない部屋がいくつもある。そもそも二人で生活するには大きく、持て余すような広さなのだ。私が眠る部屋とは別にルシウスも部屋を持っているようだし、鍵を閉めることも出来るから、夜間の安全は問題なさそうだ。

 ルシウスが解錠できる可能性は大いにあるけれど。


「シーア、お化粧するようになったんだね」

 小さな変化に気付く彼の観察力に驚きながら私は頷いた。今までは薄く粗を隠す程度だったけれど、ロカルドの一件があってから自分の殻を破るために変わりたいと思った。

 安易な考えかもしれないけれど、先ずは見た目から。「地味で大人しい」と侮られないように、私なりに少しばかり変化を付けてみたのだ。

「もう地味だなんて言われたくないの」
「君はずっと綺麗だよ」
「そう思うなら貴方の目って特殊ね」

 私は笑いながら、ルシウスの手札からカードを一枚引っ張った。大きな釜を持った死神のイラストを見てげんなりする。ルシウスは可笑しそうに目を細めた。

「そうだね、俺の目はたぶんすごく特殊だ」
「……?」
「シーアだけいつも特別に見える。どこに居たって見つけられる。他の人間なんて目に入らないぐらい」
「大袈裟よ、そんなの勘違いだわ」
「勘違い?」
「私にもそういう時期があったの。ロカルドばかり目で追い掛けて、見つけ出してしまうような時期が」
「………、」

 急に喋らなくなったルシウスを不審に思い、テーブル越しに様子を伺った。私はもしかしてまた口を滑らせたのだろうか。でも、本当にただ、そういった感情は短期的なものであって長くは続かないと教えてあげたかった。

 今は熱に浮かされたようにルシウスが私を求めても、それは一過性の病気のようなものだと。


「ルシウス……?」

 静かにカードをテーブルに置いて、席を立ったルシウスの動向を見守る。黒髪の下の双眼から感情を読み取るのは難しそうだった。

 椅子に座った私の隣に跪くようにルシウスは屈む。

「どうしたの?何か気分を害したなら謝るわ、」
「触れても良い?」
「え?」
「妻になる君の身体に、触れさせてほしい」

 許しを請うように私の手を取って口付けるのは、国内有数の名家の息子。いったい何故、彼が恭しく私に触れるのか、どうして拒否されても尚、時間を掛けて距離を詰めようとするのか。私には到底分からない。

 ただ、その熱意に押されるように私は頭を下げる。肯定と受け取ったルシウスはスカートの裾を持ち上げた。

「待って、どこに触れるの?」
「……太腿?」
「ダメよ。だってそこは…、」
「心配しなくても君の大事な場所には触らない」

 露わになった肌にそっとルシウスの唇が重なった。ふわふわと髪の毛が当たって、笑い出しそうになる。

 しかし、少し進めばそこはもう、誰も受け入れたことのない秘部で、履いているショーツは絶対に彼の目にも入っているはずだ。頭の隅でどんな下着を付けていたか思い出そうとしたけれど、ご丁寧に毎朝ルシウスが運んで来てくれる服は下着から靴下に至るまですべて彼が選んだもの。特別派手でもないけれど、端にあしらわれたレースの繊細さから、上質なのだろうということは分かった。


「……シーアの肌、良い匂いがする」
「っあ、ん…」

 思わず漏れた声に恥ずかしくなって唇を噛んだ。

 どうしてこうも恥ずかしいことを平然と出来るのだろう。そう言えばエバートンの屋敷でも、練習という名目で彼は自身を私に貸し出してくれた。こういう行為に慣れているというか、抵抗がないということ?

 だとしたら、一人だけ顔を赤らめて醜態を晒している自分がなんだか馬鹿みたいだ。

「君が…ロカルドの名前を口にする度、正直言うと嫉妬で頭がおかしくなりそうだ」
「……え?」
「婚約者だったから気持ちがあるのは分かる。でも、彼は重要な日をすっぽかして、他の女と逢瀬を重ねるような男だろう?」
「知ってるわ、そんなの…!」
「俺だったらシーアをそんな目に遭わせたりしない、君を蔑ろにしたりなんかしない…俺は、」
「……っ、ルシウス!」

 強く吸われた肌の上には赤い鬱血痕が出来ていた。


「誰よりも…君を愛しているから」

 拒絶するにはあまりに率直。
 突き放すには、私は近くへ行き過ぎた。

 ルシウスの手が頬に触れる。
 一途すぎる思いは身体を縛り付ける重たい鎖のようだ。それでもまだ、不安そうに揺れる瞳を落ち着かせるために、私は自分から唇を重ねた。

 それが愛なのか、情けなのかも分からないまま。


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