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第二章 エバートン家の別荘
17.三日目の譲歩▼
しおりを挟むどうにも息苦しかった。
足を怪我してからというもの、ルシウスはお風呂やトイレの時を除いてずっと私に付いて来る。監視という名目であることは分かっているけれど、気が休まらないし、読んでいる本の内容も入って来ない。
私がドジを踏んだせいなのだけれど、昨日の夜は包帯でぐるぐる巻きにされた足を心配して、風呂まで一緒に入ると言い出したので何度も説得して止めてもらった。
それに、日に日に落ち込む彼の顔を見るのも辛かった。
夫婦になるなんて突然すぎて、まだ受け入れられない。この問題に関しては父にも問い正したいし、家同士の合意だけで済まされる話ではないはずだ。
「ルシウス、そんな辛気臭い顔をしないで」
いつもの如く、息を潜めて部屋の隅で本を読んでいたルシウスは顔を上げる。ここはエバートン家の別荘で、彼は誰もが羨む名家の令息なのに、この部屋の中ではまるで私が意地悪な女王で彼は召使いのようだ。
「結婚については正直よく分からない…あまりに急で」
「分かってる、困らせてごめん」
「でも、貴方にそんな顔させたくないの」
「………、」
「どうしたら良い?」
子供を相手に機嫌を伺うような聞き方になってしまった。どんな風に接すれば良いのだろう。第一、ルシウスが何故私を好きなのかもよく分からない。
分かるのは、彼が自分に向ける目が並大抵ではない感情を含んでいるということだけ。
「シーア…俺は君に触れたい」
「うーん、そうね……」
「でも、嫌がることはしたくない。本当だよ」
「じゃあ…昨日みたいに足は止めて、くすぐったいし。もう少し他の場所なら私も我慢できると思うの」
「耳は?」
「え、耳?耳ぐらい全然平気よ。耳に触りたいの?」
「うん…ありがとう、シーア。嬉しい」
ニコニコと笑顔を取り戻したルシウスが、ソファに座る私の隣に腰掛ける。耳の上にはらりと掛かった髪の束を押さえると、反対の手でふよふよと耳たぶを揉んだ。
ダメだ、やっぱりくすぐったい。
しかも全然落ち着かない。
「ご、ごめんなさい…くすぐったいわ」
「うん。大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないの、別の場所にして……っあ!?」
ぐに、と耳の中に押し入って来たのが指なんかではないことは直ぐに分かった。熱くてざらついたルシウスの舌は、私の反応を確認するように中へ中へと入って来る。
「あ、あ、ダメそれ…っ、ルシウス…!」
「なんで?耳なら平気って言っただろう?」
「舐めるのはダメ、変な気持ち、」
甘噛みするように耳たぶを挟まれると、情けないことにもう座って居られなかった。倒れ掛かった私の上体を肩で受け止めたルシウスの手が腰に回る。
嫌がることはしないなんて言ったくせに、私が拒否を示したところで、この男は逃がす気なんてさらさら無いのだ。
「どんな気持ち?ねえ…教えて、シーア」
「っ…そこで、喋らないで……!」
「もっと色んな顔が見たいんだ。良い…?」
「ーーーんんっ!」
くちゅくちゅと掻き乱すようにルシウスの舌が動く。私は堪えきれない気持ちをルシウスのシャツを握って誤魔化した。
何かが込み上がってくる。
お腹のずっと、奥の方から。
「キスしたい」
「ダメ、いやだ…それはいや!」
「……分かった、君の意見を尊重するよ」
低い声が鼓膜を震わせて、私はもうどうにかなってしまいそうだった。どうして、ただ耳を舐められているだけ。夫婦になるともっとすごい事をすることになるのに。
ルシウスは名残惜しそうに頬に口付けて、ようやく私の耳を解放してくれた。
「明日も触れ合う時間をくれる?」
「……いやよ」
「定期的に発散しておかないと、爆発しちゃうから」
「私が貴方との結婚を拒否したら…?」
穏やかだったルシウスの顔から笑みが消えた。
私は慌てて「例えばの話で」と付け足す。
「どうだろう。あまり得策じゃないと思うよ」
「どうして…?」
「君を傷付けたくない」
小さく息を呑んだ。
それは脅しなのだろうか。この結婚を破断にするなら命の保障はない、と。ルシウス・エバートンは私を脅している?
ルシウスは黙り込む私を安心させるように、背中をトントンと叩く。触れられた場所がいつもより熱く感じるのは、以前よりも彼のことを意識してしまっているせいで。
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