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第一章 カプレット家の令嬢

13.呼び鈴と出発

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 私が植物園を出てきっかり30分後にルシウスはカプレット家の呼び鈴を鳴らした。

 私は重たいトランクの蓋を閉めて、使用人の一人に持って降りるよう頼んだ。ステファニーにも声を掛けて準備は整ったか確認する。部屋の扉を開けて耳を澄ますと、階下からは父であるウォルシャーとルシウスの話し声が聞こえた。

「シーア、どうか無事でね」
「エバートン家との婚約なら歓迎するわよ!」

 調子の良いジルの声に笑いながら、私は自分の部屋を後にした。次に屋敷に戻った時には姉たちは各々の嫁ぎ先にもう身を寄せていることだろう。

 階段を降りて行くと、何をそんなに話すことがあるのか、自分の父はルシウス相手に上機嫌で話し込んでいた。酒を飲んでいるわけでもないのに、こんなに楽しそうに話す彼の姿を見るのは実に久しぶりだ。


「おお、シーア!この青年は実に愉快だな!さすがはエバートンの家の出だ。ご両親の教育が良いんだろう」
「勿体無いお言葉です」
「……お父様、いったい何のお話を?」

 私は訝しむ顔をルシウスに向ける。
 彼は私の視線に応える気はないのか、カプレット家の使用人に荷物を手渡すよう申し出ている。さすがに名家の子息に重たい荷物を運ばせるわけにはいかない、と渋る中年の使用人も譲らないルシウスを前に結局折れていた。

 私は花瓶やら防犯用の鉄アレイまで詰めてしまったそのトランクが、あわや落下して、ルシウスの足の小指を折ってしまわないかと心配した。

「いや、学園での様子を聞いただけだ。この優秀なルシウス君はロカルドと同じ特進クラスに籍を置いているらしい」
「偶然運が良かっただけです。入試の点数が良かったので」
「何を言うか!きっとお父上の功績もあってのことだ」

 いつまでも続きそうな、この表面上の会話を待つわけにもいかないので、私はルシウスの腕を突いた。

「そろそろ出発のお時間ではないですか…?」
「そうだね。では、シーア様を少しお借りいたします。怒ったロカルド君が彼女を責めに来てはいけないので」
「有難い話だ。我が家にも警備を派遣してくれるらしいぞ、シーア!持つべきはよき協力者だな」

 この父親の調子の良さは長女のジルにしっかり遺伝しているわけだが、私はとりあえず適当に流しながらルシウスと一緒に車の方へ急いだ。

 黒く塗られた二台の車は、夜の闇に紛れるようにカプレット家の敷地内に停車していた。今こうしている間にも、ロカルドは憤怒の形相で私をどう裁くか考えていることだろう。彼が猪のようにこの場所へ突進してくるのも時間の問題だ。

 後部座席に乗り込んだルシウスと私に向かって、ウォルシャーはにこやかに手を振る。少しだけ開いた窓の外で、私は父親の目から一瞬笑顔が消えるのを見た。

「大切に育てた娘だ。手荒な真似はしてくれるなよ」
「もちろんです、カプレット子爵」

 自分よりも年配者であるウォルシャーの脅しのような一言にも、臆さずに応えるルシウスを私は素直に尊敬した。

 それにしても、手荒な真似とはどういうことだろう。
 私は今から安全が保証されたエバートンの別荘へ行くのだ。何故父親は娘の身を案ずるような言い方をするのか。少し気掛かりではあったけれど、短いバカンスだと思えば気楽ではあるし、海が見える別荘なんて素晴らしい。

 荒れた心を鎮めるための、傷心旅行にはもってこいだ。


「……そういえば、侍女のステファニーは?」
「後ろの車に乗る手筈になっているよ」
「分かったわ。彼女も楽しみにしてるみたい」

 私は安心して目を閉じる。
 黒い革張りのシートはほどよく身体が沈んで心地よい。

 どれぐらいの長旅か分からないけれど、私を包む様々な問題、つまりロカルドとマリアンヌの関係、そして自分の未来から、距離を置けるのであれば、目的地なんてもう何処でも良いと思った。





◆お知らせ

明日から第二章に入ります。
やっとルシウスの本領が発揮できそうです。

エールや栞、ありがとうございます。
本作はもともと、もう一本の連載(逆転移もの)の救済用として投稿したので、興味がある方は遊びに来ていただけると嬉しいです。宣伝ですみません…

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