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第一章 カプレット家の令嬢
10.猫の声の女▼
しおりを挟む初めて聞く男女の情事は猫の声のようだと思った。
地下へ通じる入り口に身を潜めて、ロカルドとマリアンヌが来るのを待っていたら、先ずはマリアンヌがやって来た。ロカルドから預かったのか、鍵を手に持って、キョロキョロと周辺を見渡している。ジルが言うほどガマガエルじゃないし、思っていたような派手な顔でもない。
しかし、服装に関しては彼女の豊満な胸を最大限に活かせるようにドンと胸元の開いたシャツを着ている。特進クラスの制服をあそこまでアレンジして良いのかしら?
5分も経たない内にロカルド本人が姿を現した。私には向けたことのない親しみのこもった熱い視線をマリアンヌに向けて、微笑む。そして、そのままマリアンヌの方へ手を伸ばして深く口付けた。
私は気が遠くなった。「すべて見る必要はないから地下へ行こう」というルシウスの声がしたけれど、目が離せなかった。初夜の儀に来てくれなかったロカルドは、あの日もここで、この女の尻に手を這わしていたのだ。
「……マリアンヌ、君とこうしている間だけ、僕は幸せを感じることが出来る」
「そんなこと言うとシーアに悪いんじゃない?」
ふふ、と笑いながらマリアンヌはロカルドの鼻先を舐める。彼女が私の名前を知っていることにも驚いたし、悪いと思うならさっさとその場を退いてほしいと思った。
「良いんだ。シーアは単に家同士が決めた婚約者。あんな地味な女には魅力を感じない」
「んふ…可哀想、私が結婚したらどうするの?」
「想像するだけで耐えられないよ…結婚してからもこうして会ってくれるかい?」
耐えられないのは私の方だった。
ロカルドにシャツを脱がされてマリアンヌは下着姿になる。温室の中で、美しい薔薇に見守られながら二人は横になった。
いつの間にか、ルシウスが私の手を握っている。もう行こう、という彼なりの気遣いなのだろうか。でも、どういうわけか私の両目は愛し合う二人に釘付けで、心臓は限界を知らせて痛むのに、その場を離れることは出来なかった。
「……っああ、ロカルド…」
「マリアンヌ…君の身体は聖母のようだ」
ロカルドの手が何やらゴソゴソと動き、マリアンヌの脚を持ち上げる。これから挿入が始まるようで、ぼんやりと見ていたら視界が塞がれた。
「もう十分だろう」
ルシウスが耳元で言い聞かせるように囁く。背中を押されて管理人室へ引っ込む間も、マリアンヌの嬌声は暗い廊下を追いかけて来た。
私は堪えきれなくて、部屋に入るなりゴミ箱目掛けて吐いた。夕食を食べていなかったのはせめてもの救いだけれど、緊張を紛らわすために食べたチョコレートあたりは出たかもしれない。情けなくて、申し訳なくて、ルシウスの顔が見れない。力を込めても涙が湧き上がって来る。
「シーア、泣くな」
「……っ…ごめんなさい…」
「泣いたら化粧が落ちる。泣くな」
私の目尻を抑えてルシウスは無茶なことを言う。その碧眼を見つめたまま、大きく何度も息を繰り返して心を落ち着かせるように努めた。
「君が泣く必要はない」
「でも、泣く権利はあるわ…私だけに」
「すべて終わったら思う存分泣けば良い。肩でも胸でも貸してやるから」
頭を撫でてくれるルシウスの手は優しくて、私はようやく本来の目的を冷静に考えられるようになった。
「ありがとう、ルシウス…もう大丈夫」
「そろそろマリアンヌが降りて来る筈だ」
「え、もう?」
「時間も時間だし、そんなに長くは続かないよ」
マリアンヌの身体を労わるロカルドの姿が脳裏に浮かんだ。ダメよ、シーア。私はこれから彼に復讐するんだから、もう傷付いたり、望みを持ったりすることは止めなければ。
ルシウスはマリアンヌのあんな姿を見てもなんとも思わないのだろうか。私は勝手に彼が協力してくれる個人的な理由は、マリアンヌへの恋心だと思っていたけれど短絡的すぎ?
しかし、復讐のために自分の身体さえ貸してくれるような彼のことだ。きっと並々ならぬ理由があるのだろう。
(警戒しておくに越したことはない……)
地上の様子を伺うように上へと続く階段の方へ目をやるルシウスの姿を見ながら、私は自分の気持ちを引き締めた。
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