7 / 76
第一章 カプレット家の令嬢
07.アッサムティーで乾杯
しおりを挟む二度目の訪問となると、使用人たちも何か疑わしげな目を向けても良いものを、ルシウスが何か言い伝えているのか彼女たちは昨日と変わらない様子で私を応接間に案内した。
琥珀色の紅茶とミルクを出されて、私は砂糖を一つ落としてクルクルとスプーンを回す。香り高い茶葉の匂いに癒されながら昨日の父親の話を思い返していた。国外にパイプを持っているエバートン家。確かに経営はうまく行っているのか、屋敷の装飾は我が家と比べ物にならない。
それにしても、ミュンヘン家が落ち目だなんて。
ロカルドからはそんな話もちろん聞いたことがないし、金曜日の晩餐会でも微塵も気配はなかった。
「ただいま、今日も君の勝ちだね」
「……おかえりなさい」
ルシウスの家で私が彼を出迎えるのも変な話だが、思わず口を突いて言葉が出た。
かつては笑顔の少ない彼のことを「ロカルドの無口な友人」として認識していた私だけれど、よくよく観察すると意外にもその表情にはバリエーションがあることが分かった。
口元だけ綻ばせて目がスンとしている時はただの愛想笑い、少しだけ目を細めて口角が上がっている時は何かを愉しんでいる顔、あとは怒りの顔でも見れたら面白いんだけど。
「シーアにそんなに見詰められると照れるなぁ、」
「ごめんなさい…考え事をしていたの」
「紅茶は気に入った?君が好きかと思って甘いものを出してもらったんだけど」
どうだろう、と首を傾げるルシウスの姿にドキッとする。美味しかったと礼を伝えるために口を開くと、メイドが入って来て彼の前に新しいティーカップを置いた。
弁えた彼女はそのまま静かにまた部屋を出て行った。エバートン家ではメイドたちの教育もしっかりされているようだ。
「とても美味しいわ、お気遣いありがとう」
「産地を限定したアッサムの茶葉なんだ。いずれこの国でも流通すると思うよ」
「貴方のお父様は本当に貿易の才能に秀でた方なのね」
「……そういう側面もあるのかな」
他人事のような話し方に違和感を覚えながら、私は昨日の計画についてより詳しい部分を詰めるために話を切り出した。
「それで、計画のことだけど…」
「ああ。君がロカルドを丸裸にする話だね」
「……その通りだけど言い方が悪いわ」
睨み付けると「ごめんごめん」と笑顔を返される。
これは反省していない時の彼の顔。
「それより、貴方…私の父に何か言った?」
「昨日の今日で俺が君のお父さんに挨拶する機会があると思う?タイムマシンでもないと難しいかな」
「そうよね……」
「俺のことを何て?」
「ロカルドが初夜の儀に来なかったことを何故か知っていて。復讐するなら貴方に相談しろみたいな言い方だった」
「へぇ、それは随分と信用してくれてるみたいだ」
嬉しそうにルシウスはニコニコと笑う。
しかし、彼の言う通り、私がロカルドへのやり返しの協力を仰いだのは本当に昨日のことで、話し合いを終えて帰宅した先で父親のウォルシャーがその話を既に知っているとは思えない。エバートン家の名前が出たのは単なる偶然だろうか。
考え込む私の様子を愉しむように、ルシウスは薄く微笑んでいる。ジルが言うように、黙っているとまあまあ悪くはない。彼の周りにも、ロカルド同様にその一挙手一投足を見守る令嬢は数多く居るようだった。
「それで、イメージは出来たの?」
「え?」
「ロカルドをひん剥いて襲うんだろ?」
「襲うなんて……」
私は顔が赤らむのを感じる。
姉たちによるレクチャーを思い出したのだ。
「百聞は一見にしかずって知ってる?」
「ええ…もちろん…?」
「君さえ良ければ、俺が練習相手になってあげよう」
「……は?」
「このまま此処でする?それとも部屋に行こうか?」
驚いて、伸びて来た手を叩き落とした。
ルシウスは相変わらず笑顔のまま「好きな方で良いよ」と付け加える。私はルシウス・エバートンという男のことが分からない。
(練習相手ですって?ふざけてる……)
結局そういうこと。婚約者に捨てられそうな哀れな女だから楽に身体を許すと思ったのだろうか。親切な顔で協力するフリをして、タチが悪い。
「馬鹿にしないで!その手には乗らないわ!」
「シーア、何か勘違いしてるみたいだ」
グッとルシウスの手が私の手首を掴む。どんなに動いても振り解けない圧倒的な力の差は、私に恐怖を植え付けた。
「ロカルドを前にして慌てふためくつもりか?サラマンダーの毒だって完全じゃない。君が圧倒的有利に立つためには、君自身が気丈に振る舞う必要がある」
「分かってるわ…!」
「……本当に?」
掴まれた手の甲をルシウスの指が撫でる。
心の奥底に触れられるようで落ち着かない。
「もう良いから、じゃあ教えて!手を離して!」
「ありがとう。素直な方が可愛いよ」
手のひらに口付けてにこりと笑う彼を見て、やられたと思う反面、ロカルドを前にして上手くやって退けることが出来るのかという焦りも感じていた。
61
お気に入りに追加
1,554
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる