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第一章 カプレット家の令嬢
05.協賛或いは共謀
しおりを挟む私がエバートンの屋敷に足を踏み入れて、もう二時間が経とうとしていた。婚約中の身である私がこれ以上の時間をルシウスと過ごすのは宜しくない。
ロカルドへの復讐を決行する前に、ルシウスと不貞の噂でも流れたらそれこそ笑えない事態になる。
「ルシウス、そろそろ私は帰るわ」
「君の頭に計画は入ったかな?」
「ええ。貴方が何度も説明してくれたお陰でね」
それは良かった、と穏やかに微笑むルシウスを見て、私はあからさまに嫌な顔をして見せる。それでも彼は表情を崩さずにヒラヒラと手を振り返した。
「明日も来てくれる?」
「そうね、もう少し詳細を詰めましょう」
「楽しみだね。明日はもっと早く帰れるように努めるよ」
「……べつに何時でも良いわよ」
ルシウスの発言や態度はこちらのペースを崩す。
私は家まで送るという彼の申し出を丁寧に断って帰路を急いだ。夕飯までに帰らないと厳格な父親に「どこに行っていたんだ」とドヤされるのだ。
今日は色々な話を知ることになった。
私が長らく思いを寄せていた婚約者ロカルド・ミュンヘンが他の令嬢と植物園で愛を育んでいたこと。そして、彼の親友であるルシウスが何故か、かなり積極的に私の復讐計画に参加してくれるようであるということ。
(本当に……変な人)
ルシウス・エバートンについて私が知る情報は少ない。寡黙で冷たい男、というイメージが強かった彼が何故ロカルドの復讐となるとこんなに乗り気になるのか。本当にマリアンヌのことを好きなのだとすると、結婚を控えたマリアンヌはロカルドに加えてルシウスの心をも翻弄しているわけだから、とんでもないモテっぷりだ。
それに比べて私ときたら。
たった一人の婚約者すら思い通りに出来ないなんて。べつに溢れんばかりの愛を囁かなくても良いし、毎日薔薇の花束をプレゼントしてくれと頼んだわけでもない。ただ、しきたりとして決められた初夜の儀だけは守ってほしかった。
ロカルドを初めて紹介された日のことを思い出す。私は学園に入学したばかりの16歳。もう三年も経ったというから驚きだ。三年もの間、ただ一人だけを見つめて生きて来た。
「……ロカルド、」
多くを望んでいたわけではない。
それなのに、どうして。
◇◇◇
カチャカチャと皆がナイフとフォークを動かす音がする。
カプレット家の当主であるウォルシャー・カプレットは、今日の商談が上手く行ったのか珍しく上機嫌だった。私は父の顔色を伺うようにワインを勧める母の様子を見る。
どういうわけか、普段は家に居ない長女と次女までもが食卓には勢揃いしていた。二人の姉はとっくの昔に爵位持ちの旦那に嫁いでいるため、こうして三姉妹が並んで食事を取るのは随分と久しぶりだ。
「シーア、例の話は耳に入っているぞ」
「……何のことでしょう…お父様?」
私はびっくりして、咀嚼していた肉が喉に詰まりそうになった。ウォルシャーはフフンと笑った後に白いナプキンで口元を拭く。
「ロカルドがお前との約束を反故したらしいな?」
「な…どうして、そんな話…!」
「ステファニーを責めるな。彼女に聞いたわけではない」
侍女を探して立ち上がる私を鎮めるように、ウォルシャーは手を上げた。
「商売をしていると色々な話が入ってくる。ミュンヘンはもう落ち目だ。ここに来てロカルドが他の女にうつつを抜かしていると言うならば、お前の方から捨ててやれ」
「………、」
「もともとミュンヘンに懇願されて受け入れた縁談だ。あっちが裏切ったなら、こちらも相応の態度は取ろう」
「そんな簡単な話ではありません。第一、ロカルド様が承諾するでしょうか…?」
ふむ、と顎に手を当てて髭を触りながら、父であるウォルシャーは考えるフリをする。私は固唾を飲んでその姿を見守った。
三姉妹が呼ばれたのはこのためだろうか。心なしか楽しそうな姉たちの様子を目に入れて私は内心溜め息を吐く。人の不幸を食事のスパイスにするなんて、悪趣味な家族だ。
「エバートンの息子が知恵を貸してくれるだろう?」
「どうしてそれを、」
「エバートン家は国外に大きなパイプを持っている。そろそろ我が家も貿易の幅を広げたい」
なるほど。つまり、この父親は傾きつつあるミュンヘン家の気配を察知して、早々に損切りをしようとしているのだ。暗にルシウスとの仲を近付けようとしているのは、気に食わないことだけれど。
「大切な娘が蔑ろにされたんだ。カプレット家の名誉にかけて、ジルやローリーも協力してくれるそうだぞ」
ウォルシャーの言葉を受けて、二人の姉は私に目配せした。私は目眩を覚えながら曖昧に頷く。
一人で粛々と行おうとしていた復讐劇は、どうやらそうもいかないようだ。勝手に壇上に上がろうとする参加者たちを私はどう取り締まれば良いのだろう。
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