【完結】初夜をすっぽかされたので私の好きにさせていただきます

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
5 / 76
第一章 カプレット家の令嬢

05.協賛或いは共謀

しおりを挟む

 私がエバートンの屋敷に足を踏み入れて、もう二時間が経とうとしていた。婚約中の身である私がこれ以上の時間をルシウスと過ごすのは宜しくない。

 ロカルドへの復讐を決行する前に、ルシウスと不貞の噂でも流れたらそれこそ笑えない事態になる。

「ルシウス、そろそろ私は帰るわ」
「君の頭に計画は入ったかな?」
「ええ。貴方が何度も説明してくれたお陰でね」

 それは良かった、と穏やかに微笑むルシウスを見て、私はあからさまに嫌な顔をして見せる。それでも彼は表情を崩さずにヒラヒラと手を振り返した。

「明日も来てくれる?」
「そうね、もう少し詳細を詰めましょう」
「楽しみだね。明日はもっと早く帰れるように努めるよ」
「……べつに何時でも良いわよ」

 ルシウスの発言や態度はこちらのペースを崩す。

 私は家まで送るという彼の申し出を丁寧に断って帰路を急いだ。夕飯までに帰らないと厳格な父親に「どこに行っていたんだ」とドヤされるのだ。

 今日は色々な話を知ることになった。
 私が長らく思いを寄せていた婚約者ロカルド・ミュンヘンが他の令嬢と植物園で愛を育んでいたこと。そして、彼の親友であるルシウスが何故か、かなり積極的に私の復讐計画に参加してくれるようであるということ。

(本当に……変な人)

 ルシウス・エバートンについて私が知る情報は少ない。寡黙で冷たい男、というイメージが強かった彼が何故ロカルドの復讐となるとこんなに乗り気になるのか。本当にマリアンヌのことを好きなのだとすると、結婚を控えたマリアンヌはロカルドに加えてルシウスの心をも翻弄しているわけだから、とんでもないモテっぷりだ。

 それに比べて私ときたら。

 たった一人の婚約者すら思い通りに出来ないなんて。べつに溢れんばかりの愛を囁かなくても良いし、毎日薔薇の花束をプレゼントしてくれと頼んだわけでもない。ただ、しきたりとして決められた初夜の儀だけは守ってほしかった。

 ロカルドを初めて紹介された日のことを思い出す。私は学園に入学したばかりの16歳。もう三年も経ったというから驚きだ。三年もの間、ただ一人だけを見つめて生きて来た。

「……ロカルド、」

 多くを望んでいたわけではない。
 それなのに、どうして。



 ◇◇◇




 カチャカチャと皆がナイフとフォークを動かす音がする。

 カプレット家の当主であるウォルシャー・カプレットは、今日の商談が上手く行ったのか珍しく上機嫌だった。私は父の顔色を伺うようにワインを勧める母の様子を見る。

 どういうわけか、普段は家に居ない長女と次女までもが食卓には勢揃いしていた。二人の姉はとっくの昔に爵位持ちの旦那に嫁いでいるため、こうして三姉妹が並んで食事を取るのは随分と久しぶりだ。


「シーア、例の話は耳に入っているぞ」
「……何のことでしょう…お父様?」

 私はびっくりして、咀嚼していた肉が喉に詰まりそうになった。ウォルシャーはフフンと笑った後に白いナプキンで口元を拭く。

「ロカルドがお前との約束を反故したらしいな?」
「な…どうして、そんな話…!」
「ステファニーを責めるな。彼女に聞いたわけではない」

 侍女を探して立ち上がる私を鎮めるように、ウォルシャーは手を上げた。

「商売をしていると色々な話が入ってくる。ミュンヘンはもう落ち目だ。ここに来てロカルドが他の女にうつつを抜かしていると言うならば、お前の方から捨ててやれ」
「………、」
「もともとミュンヘンに懇願されて受け入れた縁談だ。あっちが裏切ったなら、こちらも相応の態度は取ろう」
「そんな簡単な話ではありません。第一、ロカルド様が承諾するでしょうか…?」

 ふむ、と顎に手を当てて髭を触りながら、父であるウォルシャーは考えるフリをする。私は固唾を飲んでその姿を見守った。

 三姉妹が呼ばれたのはこのためだろうか。心なしか楽しそうな姉たちの様子を目に入れて私は内心溜め息を吐く。人の不幸を食事のスパイスにするなんて、悪趣味な家族だ。

「エバートンの息子が知恵を貸してくれるだろう?」
「どうしてそれを、」
「エバートン家は国外に大きなパイプを持っている。そろそろ我が家も貿易の幅を広げたい」

 なるほど。つまり、この父親は傾きつつあるミュンヘン家の気配を察知して、早々に損切りをしようとしているのだ。暗にルシウスとの仲を近付けようとしているのは、気に食わないことだけれど。

「大切な娘が蔑ろにされたんだ。カプレット家の名誉にかけて、ジルやローリーも協力してくれるそうだぞ」

 ウォルシャーの言葉を受けて、二人の姉は私に目配せした。私は目眩を覚えながら曖昧に頷く。

 一人で粛々と行おうとしていた復讐劇は、どうやらそうもいかないようだ。勝手に壇上に上がろうとする参加者たちを私はどう取り締まれば良いのだろう。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

処理中です...