契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
50 / 53
第二章 傾城傾国

第四十八話 恣意的です

しおりを挟む


「おい、小春」

 名前を呼ばれても私は返答に困る。

 見たところ閻魔はお怒りだ。それもかなり。おそらく私が今までに見た中で一番だと言っても過言ではない。だって瞳孔が開いているもの。ただでさえ三白眼気味の切れ長の目が、今日はもう本当に鬼のようで。

「………は…はい」
「俺に黙って呑気に散歩とは良い身分だな」
「あ、いえ……これはですね、あの……」
「お前の説教は帰ってからだ。それより御影、」

 閻魔は対照的にニコニコと微笑む御影に向き直った。
 なにがおかしいのか場違いな笑みを浮かべる彼の精神が私は心配になったけれど、こんなに明らかに怒っている男を相手にして笑える度胸は尊敬したい。

 控えめに言っても逃げ出したい。
 私を挟んで睨み合わないでください。

「お前、なにが狙いなんだ?」
「んー?」
「惚けんなよ。小春を戻れなくする気か?」
「やだなぁ、僕はただ日頃の疲れを癒すために温泉に誘っただけじゃないか。言い掛かりが過ぎるでしょう」

 ねぇ、と聞かれて思わず頷いた。
 たしかに最初に温泉に興味を示したのは私だし、中に潜入する目的で御影の誘いにも嬉々として乗った。だけども閻魔のこのただならぬ怒り具合と「戻れなくする」という言い方は引っ掛かる。

「すみません、戻れないって……?」

 繰り出した質問に閻魔がジロッと私を睨む。

「お前、どうやってここまで来た?冥殿までの行き方や建物内での部屋の場所なんかは?」
「え……あれ…?」

 思い出せない。
 私はどうやってここまで来たんだろう?

 極楽の場所を探していたことは記憶にある。三叉に案内されて歩いたことも覚えている。だけど、あの井戸はいったい何処にあったんだっけ。あんなに必死に探していたのに、どうして覚えていないの。

 冥殿だってそうだ。
 ここに来てひと月あまりは生活しているのに、厨房の場所、宴会場の場所、自分の部屋の場所が分からない。私が掃除をしたあの中庭は、どこにあったのか。

「……わ…分かりません、閻魔様…私…」
「阿呆が。お前は、俺と帰るんだ」
「………っ、」

 情けなくて俯いた私の頭に閻魔の大きな手が乗る。
 手付きは優しくないのに、なぜか安心した。

「ありゃ?良いの?誰か、探してるのかと思ったけど」
「あ……それは!」

 顔を上げた先で御影は変わらない笑顔を向ける。

 黒両の想い人である与作を見つけるまで私は帰れない。約束したから。過去に囚われたままの稀代の遊女に、必ず見つけ出すと約束したから。


「おおかた黒両の件で来たんだろう?やめとけと言いたいが、またお前が変な気を起こしても困る。御影、会わせろ」

 閻魔の頼みを受けて御影は長い息を吐く。

「どいつもこいつも勝手だなぁ」
「引き渡せとは言わない。少し借りるだけだ」
「恣意的で安易な考えだ、君もおかしくなったの?」

 見つめ合う二組の赤い瞳。冥王は少しだけ考える素振りを見せた後に「そうかもな」と呟いた。しばらく睨み合いが続いたが、お互い譲らないと悟ったのか、最終的に御影が面倒そうに口を開いた。

「分かったよ、じゃあ僕に勝ったら聞き入れる」
「はぁ……?」
「丁半博打といこうじゃないか。壺振りはそうだな…小春ちゃんで良いよ」

 何処からか取り出した腕を手に御影が微笑んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...