49 / 53
第二章 傾城傾国
第四十七話 冥王の嫁です
しおりを挟む私の口は言葉を探して少しの間パクパクした。
この男があの御影なのだ。皆の話の中で度々登場するから名前ばかりが頭に刷り込まれていたけれど、こんなに若い人だったとは。下手したらまだ高校生ぐらいに見える。
見た目の若さも相まって私は少し気が抜けていた。
閻魔が苦手とするぐらいだから、とんでもない長老だったり、強面のおじさんを想像していたけれど、なんてことないただの温厚そうな青年。
「あの……御影さん…?」
「うん。どうしたの?」
「屋島さんは、」
「眠ってるだけだよ。役職があると色々と部下の管理が大変でね。言うことを聞かない悪い子はこうやって懲らしめるんだ」
そう言って子供のようにニコリと笑う。
「言うことを聞かない……?」
「そうでしょう?だって、彼女は約束を破ろうとしたんだもの。極楽に来た人間のことは外の奴らに教えちゃダメなんだよ。それは絶対的なルールだから」
守らなくっちゃ、と言って御影がまた私に一歩近付く。
その足が倒れたままの屋島の手を踏んだ。
「御影さん、手が……!」
「ああ、ごめんごめん。僕、集中するとすぐ周りが見えなくなっちゃうんだよね。今は君が居るから他はどうでも良くってさぁ」
「私のことを知ってるんですか?」
初めて会ったにしてはやけに親しい雰囲気を出す御影を、不思議に思って私は尋ねた。当たり前だけど私は彼と会ったことはないし、話したこともない。
御影は「うーんと」と溢すと、少しの間困ったようにポリポリと頬を掻いた。
「言って良いのかな?君って本当はこっちに来る人間だったんだよ。だって悪いことした覚えないでしょう?」
「………たぶん」
「だよね。それを閻魔がさ、連れてっちゃったわけ。冥婚がどうのこうの言っていたけど、あれも規約違反だよ」
「規約違反……?」
「そうそう。極楽に流れた人間を勝手に自分の嫁にするなんて身勝手な話だろう?」
両手を広げて呆れたように首を振る御影を見つめる。
私の結婚がそんな無理矢理に実行されたことだとは知らなかった。閻魔は比較的あっけらかんと結婚を提案して来たし、詳しい事情も説明されていなかったから。
しかし、今となっては別に地獄でも極楽でもさほど違いはないように思う。八角や黒両と過ごす日常は楽しいし、鬼たちと取り組む仕事も慣れて来た。
「あ、黒両さん………」
「うん?」
不思議そうに御影の赤い瞳が丸くなった。
「あの…極楽の温泉を見学したいのですが」
「温泉を見学?なんで?」
「……社会勉強?」
「どうして疑問系なの?」
私の回答に不信感は持ったようだけど、御影は快く承諾してくれて「着いて来て」と言う。私は探していた与作を見つけるための近道に出会えたようで、嬉しくなりながらその後を追った。
目に優しい淡い色合いの蓮の花たちに美しい池。
地獄では感じることの出来ない太陽の光を全身で浴びながら、スイスイと進む御影の後ろ姿を追い掛けていたが、途中でやけに身体が軽いことに気付いた。
(どうしてだろう……?)
重力なんて無いようにフワフワする。
違和感を抱きながら歩き続けたら、いつの間にか大きな木造建築の前に立っていた。煙突が付いて硫黄の匂いがわずかにするから、ここが温泉なのだろう。
「せっかくだし、温泉に入って行きなよ」
「えー良いんですか!」
喜び勇んで暖簾を潜ろうとした時、強い力で引っ張られて私は後ろに倒れ込んだ。しかし、何やら硬いもので受け止められる。この乱暴な力と悪寒は確か。
恐る恐る見上げた先には冥王の姿があった。
それも大層お怒りの様子で。
10
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる