契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ

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第二章 傾城傾国

第四十三話 特等席です

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 その日は朝から雨が降っていた。

 しとしとと降り落ちる雫に耳を澄ませていたら、縁側の隅で座り込む黒両の姿を見つけた。膝を抱えて丸くなるその様子は、彼女の着ている黒い着物も相まって雨宿りをしている巨大なカラスのようだ。

「黒両さーん?」
「ん……小春か」

 見上げる顔に生気がなくて驚く。

 迂闊に声を掛けたことを悔いた。
 一人になりたい時は、誰だってあるのに。

「ここは一等席じゃ、お前も座るか?」
「一等席?」
「うむ。こうやって目を閉じれば、ほら聞こえる」

 言われるがままに隣に腰を下ろして目を閉じる。
 ポツポツ、と小さく響く雨の音は一種類ではない。柔らかな大地に落ちるときの音、みずみずしい葉っぱの上に落ちて跳ねる音、岩に弾かれる音。いろんな音が聞こえる。

「………本当ですね。立派な演奏です」
「じゃろう?与作が教えてくれたんじゃ」
「…………、」
「与作はわしにたくさんのことを教えてくれた。遊郭から出れんわしの代わりに、西から東へと走り回って…聞いたこと、見たこと……たくさん…」

 私は、黒両の声が震えていることに気付いた。

 八角が語ってくれたことを思い出す。
 稀代の遊女がその手を取った花売りの話。

 逃げ出した二人がどうなったか。美しくあることにプライドを持っていた彼女がどうして今やこんなに荒れ果てた姿になってしまったのかを考えると、胸が痛む。

 黒両の部屋にはたくさんの化粧品があったけれど、そのどれもがほとんど使われていなかった。きっと、本当はお洒落が好きで、鏡を見てめかし込むことを楽しんでいたに違いない。そうした気持ちに蓋をしている理由は……


「あの、黒両さん」
「ん?」
「与作さん……探しに行きませんか?」
「………なにを…!」

 大きく見開かれた黒い瞳を見据えて私は頷く。

 頭の中では、黄鬼に聞いた極楽へと繋がるトンネルのことを考えていた。その場所を通って行けば、蓮の花が咲き乱れる極楽へと私たちは行くことができるはず。

 閻魔が移動で毎回使っているならば、そんなに遠くにはないのだろう。一度だけ使わせてもらって、少しで良いから黒両と彼女の想い人を会わせてあげたい。

 それで、満足できるならば。
 彼女の無念が晴れるのであれば。


「与作さんは極楽に居るんですよね?」
酔妃すいひ御影みかげの右腕はそう言っておった。与作に似た男が、極楽の温泉で働いておると、教えてくれたんじゃ」
「じゃあ、行ってみましょう」

 どうやって、と困惑する黒両の前で唇に手を当てて見せる。
 誰かに聞かれては計画を遂行することが出来ない。

「私が極楽へ続く道を見つけます。必ず、見つけるので黒両さんはいつでも与作さんに会えるように…最高の自分を作り上げて待っていてください」
「でも、わしはもう……!」
「女は美しくしてなんぼ、ですよね?」

 ハッとしたように遊女は顔を上げる。
 私はその背中を抱き締めて、立ち上がった。

 心の中で閻魔に詫びを入れる。
 大人しく出来ない不束者の嫁ですまない、と。

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