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第二章 傾城傾国
第三十九話 酒造見学です
しおりを挟む「小春ちゃん、それはね……きっと独占欲よ!」
「どくせんよく……?」
「可愛く着飾った姿を見せたくないの!はぁ~閻魔様にもそんな人間らしい面があったなんてね。ていうか、やっぱり愛人を解散させただけあって本気なのねぇ」
「………そんなことはないと、」
頬を手で挟んでうっとりと話す八角には悪いけれど、閻魔が私を好いている気配は今のところ微塵もない。
べつに優しくなったわけでもないし、愛を囁いてくるわけでもないし、かといって変な肉体的欲求を持っている様子も皆無。これはもしかして私の女としての魅力の問題なのかもしれないけども。
まぁ、確かにあれほどのボインバインな美女たちを囲んでいた閻魔が、容姿ランクで言うところの中の中をウロついている私に何かを感じるわけはない。
ならば、結婚なんて大袈裟かつ勘違いを招く言葉は使わないでほしいところ。
「閻魔様って恋人とか居たんですか?」
「うーん。愛人は何人か居たけど情があったようには見えないわね。なんというか、興味がなさそう…みたいな?」
「でも…結婚した私にも興味は持ってないようです」
「そんなことないわよ!だって小春ちゃんのことはいつも、」
その時、背後からドスドスと廊下を走って来る音がして、振り返るよりも前に背中に思いっきり黒両が抱き付いた。
「いっ………!?」
「何を話しておるんじゃ?恋バナか?わしも混ぜろ!」
加減を知らない黒両のアタックをモロに腰に受けてよろけた先に、私は白い足袋を履いた足を見つけた。ゆっくりと顔をあげると、珍しいことに三叉が手を振っている。
私が飲み潰れた初日以降見かけていなかったから、嬉しくなって駆け寄ると、どうやら鬼たちに酒を運ばせるのに着いて来たようだった。相変わらず酒造の方が繁盛しているらしく、忙しい日々を送っている様子。
「三叉さん、もうお戻りになるんですか?」
「そうだね。散歩がてら出向いただけだから」
「おい三叉ァ!わしが頼んだ桃の酒は?」
「あーあれね!もう出来てるけど忘れちゃったよ。暇なら君たち二人で取りに来るかい?」
「君たち?」
首を傾げる黒両の前で、三叉は指を伸ばして私と黒両を指し示す。「良かったら見学してってよ」という誘いに胸が高鳴ったのは本当。酒造りの現場を見学出来るとなれば、乗らない手はない。
「おっと……でも、小春ちゃんはお仕事中かな?」
「今日はお昼からなので大丈夫です」
「ははっ、それは良いねぇ」
赤鬼くんは忙しそうに走り回ってたよ、と聞いて少し申し訳なく思ったけれど、まだ不慣れな私に与えられた有難い半休なので私は黒両と二人で三叉に着いて行くことにした。
今日も冥界はどんちゃらと楽しげな音楽が流れている。
通っていた時は気付かなかったけれど、何やら至る所に設置された黒いスピーカーから流れて来ているようで、それらは数年前に黒両が「空気が暗い」とゴネたことへの配慮らしい。
てくてくと歩きながら私は昨日黄鬼から聞いた話を思い出したので、さり気なく三叉に聞いてみた。
「三叉さん、屋島さんって知ってますか?」
「………いったい何処でその名前を?」
先を進む三叉が立ち止まって振り返る。
いつもの笑顔が消えて嫌悪感を滲ませるから、聞いてはいけないことを口走ったのだろうかと焦った。素直に黄鬼から聞いたと伝えると、三叉は顔を顰める。
「僕苦手なんだよねぇ。あの化け狸、戻って来るって?」
「あ、いえ…私はただ極楽に行って働いていると聞いて」
「そうそう。閻魔が勉強で御影様のもとに行かせたんだよ。おかげで今日も空気が綺麗なんだけど」
空を仰いで両手を広げる猫のあやかしを見る。
わりと人当たりの良い三叉が毛嫌いするとは、いったい。
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