契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
40 / 53
第二章 傾城傾国

第三十八話 理不尽です

しおりを挟む


 結局、冥殿の主人がその姿を現したのは夜も随分と更けてからだった。鈴白や八角、先輩という響きにまだ酔っている様子の黒両と四人で炬燵を囲みながら茶を啜っていたところ、何やら不穏な空気を感じて振り向くと、やけに疲れた様子の閻魔がそこに立っていた。

「………八角、飯」
「あらま、遅かったわね。ちょっと待ってて」

 パタパタと厨房の方へ引き返す八角の白い割烹着姿を見送って、そのまま閻魔へ視線を移す。鬼たちも忙しなく働いていたけれど、その上司である冥王もどうやら多忙を極めているようだ。

 今日の夕飯はすき焼きだったから、出来立てを食べられない彼のことを可哀想に思いながら私は二つ目のみかんに手を伸ばした。しかし、手のひらがオレンジ色の皮に触れる前に私の襟元が強く引かれる。

「んぬっ……!?」

 こんな無礼を働くのは閻魔しかいないので振り返って怒ろうとしたけれど、赤い双眼は私ではなく黒両を見据えていた。

「お前の仕業か?」
「はて?なんのことか分からんが?」
「惚けるな、良い玩具にしやがって」

 ニヤニヤと笑う黒両を見て思い当たるのは自分の顔。
 もしや、派手に化粧を施された私のことを言っている?

 べつに閻魔を驚かせたかったわけではないけど、せっかく綺麗にしてもらったのだから少しぐらい見てほしかったという気持ちはある。しかし、彼の帰りがここまで遅いと思っていなかったので、髪は少し崩れてきているし、化粧もしてもらった時ほどの完成度はキープ出来ていない。

「閻魔様、違います。これは私が頼んで───」
「そうじゃそうじゃ!小春が閻魔に相手にされんと嘆いておったから、わしが女の魅力を引き出してやったんじゃ」
「はぁっ!?」

 驚いて見つめた先で黒両は「な?」と同意を求める。
 ケラケラ笑う大きく開いた口に今すぐみかんを投げ込みたい。

「………そうか。一日中その格好で居たのか?」
「え?えっと…まぁ、はい。朝からですけど…」
「ずっと冥殿で?」
「いえ。用事があって餓鬼荘に行きました」
「誰と?」
「いつも通り一人で…」
「分かった」

 分かった?いったい何が?

 はてなマークを量産する私の頭は置いてけぼりで、閻魔は私の襟を掴んだままでズリズリと廊下へと出て行こうとする。さすがに首が締まるので「歩けます!」と言うと、着いてこいと命令して冥王は歩き出した。

 冷えた廊下を真っ直ぐ進んでいく背中を見つめる。結婚だのと宣ったくせに放置プレイも良いところで、私は最近になってようやく彼の言う「結婚」という言葉に大した意味などなかったのだと理解した。

 そういえば冥婚の契りだって一方的に結ばれたものだったし、今回だって閻魔の周囲を賑わす暇潰し要員ぐらいの感覚でいるのだと思う。悔しいけれど、そういうものなのだと自分を納得させていた。


「何か気に障りましたか?」

 案内されて着いたのは、久しぶりに入った彼の執務室。清潔な畳の匂いを吸い込んで勇気を出して聞いてみた質問に、答えは返って来ない。

「私がめかし込んだことが不快ですか?黒両さんの言ってたことはちょっと誇張されてますけど、私は閻魔様に薄いって言われたからそれを気にしてただけで…」
「………小春、」
「なんでしょう…?」
「今後そういう化粧はしなくて良い。あとは黒両の指示か知らんが着物を着崩すな、餓鬼荘に一人で行くな」
「え?」

 なんで、と口を突いて出た言葉に対して閻魔は首を傾げる。
 自分で禁止しておいて理由を用意していないとは。

 短い沈黙の末に冥王は「良くない」と小さく溢した。着物が崩れたのは彼が私のことを引き摺り回すからだし、今までだって私は一人で鬼に会いに行っていたのに何を急に言い出すのか。理不尽な要望を突き付けて部屋を出て行く閻魔の後を私は慌てて追い掛ける。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...