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第二章 傾城傾国
第三十八話 理不尽です
しおりを挟む結局、冥殿の主人がその姿を現したのは夜も随分と更けてからだった。鈴白や八角、先輩という響きにまだ酔っている様子の黒両と四人で炬燵を囲みながら茶を啜っていたところ、何やら不穏な空気を感じて振り向くと、やけに疲れた様子の閻魔がそこに立っていた。
「………八角、飯」
「あらま、遅かったわね。ちょっと待ってて」
パタパタと厨房の方へ引き返す八角の白い割烹着姿を見送って、そのまま閻魔へ視線を移す。鬼たちも忙しなく働いていたけれど、その上司である冥王もどうやら多忙を極めているようだ。
今日の夕飯はすき焼きだったから、出来立てを食べられない彼のことを可哀想に思いながら私は二つ目のみかんに手を伸ばした。しかし、手のひらがオレンジ色の皮に触れる前に私の襟元が強く引かれる。
「んぬっ……!?」
こんな無礼を働くのは閻魔しかいないので振り返って怒ろうとしたけれど、赤い双眼は私ではなく黒両を見据えていた。
「お前の仕業か?」
「はて?なんのことか分からんが?」
「惚けるな、良い玩具にしやがって」
ニヤニヤと笑う黒両を見て思い当たるのは自分の顔。
もしや、派手に化粧を施された私のことを言っている?
べつに閻魔を驚かせたかったわけではないけど、せっかく綺麗にしてもらったのだから少しぐらい見てほしかったという気持ちはある。しかし、彼の帰りがここまで遅いと思っていなかったので、髪は少し崩れてきているし、化粧もしてもらった時ほどの完成度はキープ出来ていない。
「閻魔様、違います。これは私が頼んで───」
「そうじゃそうじゃ!小春が閻魔に相手にされんと嘆いておったから、わしが女の魅力を引き出してやったんじゃ」
「はぁっ!?」
驚いて見つめた先で黒両は「な?」と同意を求める。
ケラケラ笑う大きく開いた口に今すぐみかんを投げ込みたい。
「………そうか。一日中その格好で居たのか?」
「え?えっと…まぁ、はい。朝からですけど…」
「ずっと冥殿で?」
「いえ。用事があって餓鬼荘に行きました」
「誰と?」
「いつも通り一人で…」
「分かった」
分かった?いったい何が?
はてなマークを量産する私の頭は置いてけぼりで、閻魔は私の襟を掴んだままでズリズリと廊下へと出て行こうとする。さすがに首が締まるので「歩けます!」と言うと、着いてこいと命令して冥王は歩き出した。
冷えた廊下を真っ直ぐ進んでいく背中を見つめる。結婚だのと宣ったくせに放置プレイも良いところで、私は最近になってようやく彼の言う「結婚」という言葉に大した意味などなかったのだと理解した。
そういえば冥婚の契りだって一方的に結ばれたものだったし、今回だって閻魔の周囲を賑わす暇潰し要員ぐらいの感覚でいるのだと思う。悔しいけれど、そういうものなのだと自分を納得させていた。
「何か気に障りましたか?」
案内されて着いたのは、久しぶりに入った彼の執務室。清潔な畳の匂いを吸い込んで勇気を出して聞いてみた質問に、答えは返って来ない。
「私がめかし込んだことが不快ですか?黒両さんの言ってたことはちょっと誇張されてますけど、私は閻魔様に薄いって言われたからそれを気にしてただけで…」
「………小春、」
「なんでしょう…?」
「今後そういう化粧はしなくて良い。あとは黒両の指示か知らんが着物を着崩すな、餓鬼荘に一人で行くな」
「え?」
なんで、と口を突いて出た言葉に対して閻魔は首を傾げる。
自分で禁止しておいて理由を用意していないとは。
短い沈黙の末に冥王は「良くない」と小さく溢した。着物が崩れたのは彼が私のことを引き摺り回すからだし、今までだって私は一人で鬼に会いに行っていたのに何を急に言い出すのか。理不尽な要望を突き付けて部屋を出て行く閻魔の後を私は慌てて追い掛ける。
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