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第二章 傾城傾国
第三十七話 聞いてみます
しおりを挟むその後の日々は慌ただしく過ぎていき、私は結局生前と同じように閻魔の下働きとして、鬼たちと共に働いていた。自分がすでに死んでいて、同じように亡くなってしまった人たちを裁く仕事をしているのは不思議なこと。
「黄鬼さーん!」
「んお!誰かと思ったわ、小春か!」
「すごいでしょう?黒両さんがやってくれたんです」
私は重たい頭を押さえて、よいしょと餓鬼荘の玄関を潜る。
今日は黒両と朝ごはんが一緒になった際、以前閻魔に「化粧をしてないと薄い」と言われたことを愚痴ったところ、彼女の心に火がついたようで、化粧から髪結いから熱心に指導してくれた。
普段はアレンジというほどの手間も掛けずに、下ろしっぱなしか一つ結びぐらいのバリエーションしかない私の黒髪も、黒両の手に掛かれば見事に華やかなまとめ髪に変身した。遊女よろしく腰まで長さがあるわけでもないので小さな髷しか作れなかったけれど、飾りの付いた簪を何本か刺しているためかいつもより頭が重い。
「いやぁ、女ってのは化けるな~」
「元が悪いって意味ですかね」
「あ、そういう意味では……」
にこっと笑みを向けると黄鬼は焦ったように手を振る。
元花魁が施してくれた化粧は確かにいつもより大人っぽい、というか色気があって私らしくはない。なんだか肌が艶々して見えるし、口紅も攻めた強い色だ。
これなら薄くは見えないだろう、と未だ見ぬ閻魔の反応を想像したけれど、どうやら私に興味のなさそうな彼は今朝も朝から何処かに行っていて不在だ。
黒両の一件で事情を知らない私が余計なことを口走ったためか、まだ怒っているのかもしれない。安っぽい正義感と言われたけど、冥王たる彼の権力をもってすれば彼女とその想い人を会わせることも出来るのではないかと私はまだ内心疑っている。
また甘い考えだと冷笑されるんだろうけど。
「ねぇ……黄鬼さん」
「おう?」
「極楽ってところは遠い場所にあるの?」
「んー遠いというか…裏側?」
「裏側?」
黄鬼は爪が伸びた人差し指を真っ直ぐ下に向ける。
私はつられて自分の立つ地面を見つめた。
「え、裏?」
「そう。この下をずっと進めば極楽がある」
混乱する私の前で黄色い鬼は大真面目に頷くから、どうやら冗談ではないようで。地獄の裏側が天国になっているなんてそれどんなリバーシブル構造?
恐る恐る地面を踏み鳴らしてみたけれど、特に響く感じはしない。不思議そうに私の行動を見ていた鬼は首を傾げた。
「言っておくけど掘ったぐらいじゃ辿り着けないぞ。専用の井戸があるんだ。俺は通ったことはないけど、御影様や閻魔様はそこを通って行き来してんだろうなぁ」
「……御影様?」
どこかで聞いたことがあるな、と記憶を辿って行ったところで、いつぞやの閻魔の義母が会話の中で持ち出していた名前であると思い当たった。
「黄鬼さん、御影様って誰なの?」
「御影様は極楽の管理人だよ。俺みたいな小物じゃ会ったことないけど、たまに冥殿にも来てるみたいだ」
「閻魔様と仲悪い?」
「いやーそういう話は特に…… あ」
何か気付いたようにパッと閃いた顔を作った黄鬼に、私は急かすように「なになに?」と尋ねる。
黄鬼は「言って良いのかな」と勿体ぶりつつ、去年から一年ほど閻魔の部下が極楽へ派遣されて働いていると話してくれた。どうやら冥王の指示のようで、極楽では御影という管理者の元で仕事をしているらしい。交換留学的なノリなのだろうか。私だったらもう地獄に戻りたくないと思う。
「屋島っていう名前の女で、狸のあやかしなんだ」
「へぇー珍しいですね。ふわふわしてそう」
「顔は可愛いんだけど、どえらい年寄りだから気を付けろよ」
言った後ですぐに血相を変えて周囲を確認する黄鬼は、よほどそのあやかしを警戒しているらしい。
あやかしといえば、まだ猫の三叉しか知らないが、行き場をなくして人間界から避難して来ているなら、もっとこの世界に流れ込んでいるはず。まだ見ぬそれらの姿を想像しながら、私は黄鬼から回収した書類の束を持って冥殿へ続く道を引き返した。
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