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第二章 傾城傾国
第三十五話 稀代の遊女です
しおりを挟む「良いか、新入り!これからわしのことは先輩と呼ぶんじゃ!返事は?」
「……分かりました…先輩」
「声が小さい!」
「分かりました、黒両先輩!」
「上出来じゃ!」
上機嫌で威張る黒両を前に、私は恐る恐る部屋を見渡す。
ここは本当に閻魔や鈴白の住む冥殿なのかと疑いたくなるぐらい、黒両の部屋はとっ散らかっていた。散らかるという言葉が可愛く聞こえるぐらいで、脱ぎ散らかした着物が色々な場所に広がっていたり、明らかに数日前に使った食器が平然とその辺に置かれている。
「先輩、お部屋がちょっと…」
「お洒落じゃろう?黄鬼に聞いた話では、最近はちょっと抜けてるぐらいの女の方がウケが良いらしい。わしぐらいの美人だと、これぐらい整理整頓が苦手な方が隙があって良い」
「………おお」
散らかっている自覚はあるようで。
閻魔がこの実態を知っているのかどうか謎だけど、きっと鈴白は知らないに違いない。知らない方が、双方にとって良いのだけれども。
足場を見つけられず、部屋の入り口で戸惑う私の顔を凝視して、黒両は「ふむふむ」と唸る。目鼻立ちの整った彼女は素面でもかなり美人の部類なので、きっと眉を描いて化粧をすればさぞかし化けるのだろうと勝手に想像した。
「小春、わしがお前を美しくしてやろうか?」
「はい?」
遠慮せんで良い、と言いながら黒両は私の手を引いて部屋の中へと招き入れる。鏡台の前に座らせられる途中に得体の知れない何かの塊を二、三個踏んだけれど、部屋の主人に気にする様子はまったくない。
「女子は美しくしてなんぼじゃ。閻魔が腑抜けになるぐらい、お前のことを別嬪にしてやろう」
「先輩ってお化粧が出来るのですか……!?」
このレベルの汚部屋を作り上げる人間のセンスがとんでもなく恐ろしかったけれど、私の心配を他所に黒両は顔を上げて大きく頷いた。乱れた黒髪の下で、キラキラと宝石のように瞳が輝く。
「吉原の黒両と言えば、天下一の花魁と謳われた絶世の美女。わしは化粧から着付け、髪結いに至るまで全部自分でやっておった。安心して任せておけ!」
「え、花魁ってあの花魁!?」
「うむ。ただの遊女ではないぞ。わしが花魁道中する時には、吉原中の男どもが虫のように集まって来て、他の店から苦情がくるほどじゃった」
「すごいです……先輩!」
まぁな、と答えて黒両は鏡台の引き出しを開ける。
紅や白粉を小さな手に取って並べる姿を見守っていると、銀色の簪を持ったまま暫し遊女は動きを止めた。簪の先端には蜻蛉玉が飾りとして付いているが、その丸い玉には私の座る場所から見えるほどのヒビが入っている。
「………数ではない。たとえ吉原を訪れるすべての客を虜にしたとしても、本当に想いを寄せる相手が振り向かなければ、何の意味も…」
「黒両さん?」
痩せた背中が小刻みに震えていることに気付いた。
私など見えないように、黒両は勢いよく立ち上がる。
「与作はどこじゃ……?」
「え?」
「一緒に逃げると約束した…!与作が待っておる!早く行かないと…わしのことをずっと待っておるのに……!」
「黒両さん、落ち着いてください!」
「お前が邪魔をするのか?わしの邪魔を───!」
掴み掛かろうと伸びて来た手を必死で押さえていたら、物音を聞き付けたのか鈴白と八角が部屋に飛び込んで来た。取っ組み合う私たちを見た八角が黒両の後ろに回り込んで、その首の付け根に手刀を落とす。
「ごめんね……黒両」
ぐったりと倒れ込む黒両を抱き止めながら、八角は悲しそうな顔で呟く。鈴白もまた、天を仰いで目をきつく閉じていた。
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