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第二章 傾城傾国
第三十四話 味噌汁です
しおりを挟む目が覚めて、そこが閻魔の寝室であることが分かった。
部屋の主人はどこかへ行っているようで、真ん中で大の字になって寝ていた自分の寝相からするに、もしかすると彼は別の場所で眠ったのかもしれない。
八角を誘って結婚祝いだと騒いだことは覚えている。黒両と名乗るセクハラ女に胸を揉まれたことも覚えている。つまみ程度だけど、と残り物を出してくれた煮物やら何やらがとても美味しくて、酒もクイクイッと進んだ。
私がはしゃぐと視界の隅で閻魔も穏やかに笑うから、普段は見れない鬼上司の笑顔が珍しくて、少し空元気を出し過ぎた気もする。
(あんまり覚えてないや………)
なんだか悲しい夢を見た。
もう会えない同級生や友人、昔の恋人、会社の同僚なんかが私にさよならを言いに来ていた。ハワイ帰りなのかアロハシャツを着た両親も泣いていて、私は二人に「大丈夫だよ」と言いたかったのに、どんなに叫んでも声は出なかった。
私は、死んでしまったのだ。
誰かの命を救えたなら本望。だけれど、残してきた人たちのことを簡単に忘れられるわけではない。
あの親子が救急車を呼んでくれたのだろうか。急に会社に来なくなった私のことを、上司はサボったと恨んでいないと良いけれど。母親あたりの携帯に病院や警察から連絡が入ったりして。祖母の四十九日の前に娘の葬式があるとなれば、二人ともバタバタして寝込んでしまうかもしれない。
慌てふためく両親の姿を想像していたら「入るぞ」という短い掛け声の後で襖が開かれた。
「メシ、八角が食べるか聞いて来いって」
朝から眩しい閻魔の赤い髪に目を細めて立ち上がる。
「食べます。色々準備したいんですけど、少し時間をもらえますか?」
「俺は構わないが遅くなると八角がキレるぞ」
ただでさえ二日酔いのところを叩き起こして朝食の準備をさせたから、と大きく伸びをしながら冥王は言う。
申し訳ない気持ちを覚えつつ、急いで洗面所へ向かって顔を洗って口を濯ぐ。女たるもの小綺麗にしておきたいと思うけど、冥殿の勝手が分からないから化粧もままならない。早いうちに誰かに聞いてみなければ。
◇◇◇
朝ごはんは、こんがり焼けた鮭の切り身に卵焼き、豆腐とわかめの味噌汁におしんこ、という純和風なメニューだった。
恐る恐る齧り付いた玉子焼きはほんのり甘い。
いつの日だったか、ご馳走を前にして味がさっぱり分からなくて悲しい日もあったけど、まさか自分がこうして皆と一緒に食卓をまた囲えるなんて。
「………すごく美味しいです」
「んまっ、嬉しい~~おかわりあるからね!」
しゃもじを片手にウィンクを飛ばす八角に頷いて、味噌汁を啜る。冷えた身体に染み渡る味噌の香りとコク。そういえば、母は面倒な時に「魔法の粉」と言って粉末出汁を使っていたな、と思い出してまた目頭が熱くなった。
その時、すでに食事を終えて隣で茶を飲む閻魔が私を見つめていることに気付いた。
「な…なんですか?」
「いや、お前化粧をしてないと薄いな」
「はい?」
「派手な女に目が慣れてたからか、なんかこう顔に締まりがないような気が……」
「デリカシー!」
私が怒声を飛ばすと、鈴白がすかさず「食事中に大声を出すんじゃないよ!」と叱責する。彼女のお説教もかなり声のボリュームは大きいのだけど、と反省していると、冥王は満足そうに目を細めて微笑んでいる。
「お前は元気過ぎるぐらいが丁度良い」
「閻魔様はもう少し気遣いを見せてください」
口を尖らせて白米を箸で摘んでいたら閻魔が「そういえば」と何かを思い出したように言った。
「冥殿の新入りであるお前には黒両を教育係として付けることにする。何か知りたいことがあったら聞け」
「鈴白さんは……?」
「アタシは忙しいからね。どうしてもの場合は仕方ないが、しょうもないことを聞いて来たら張り倒すよ」
ギロッと睨み付ける双眼に恐怖を覚えて何度も頷いた。
なかなか独特な性格の黒両とバディを組むのはちょっと心配だけど、冥界や冥殿のことを聞く相手は必要だ。先ずは挨拶を、と朝食を終えたその足でとりあえず部屋を訪ねてみることにした。
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