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第二章 傾城傾国
第三十二話 白米が一番です
しおりを挟む八角と閻魔を交えて三人で始まった飲み会はその後、騒ぎを聞き付けて厨房に入って来た鈴白が参加し、どこからか三叉を引っ張って来た鬼三兄弟も加わった。
最終的に「厨房は寒い」という閻魔の一声で私たちは宴会場に足を放り出して各々好きに飲んでいるわけだけど。
「可愛いのう……」
「っひょ!」
「いくつじゃ?女は好かんか?」
「二十九歳です……だ…だれ…?」
すりすりと私の着物の中に手を突っ込んで太腿を撫でてくるこの女はいったい誰なのか。熟れた葡萄のような深い紫色のマニキュアを塗った白い手が、とうとう際どいところを行き来し始めたので、さすがに焦っていると後ろから強い力で引っ張られた。
「うわっ!」
「黒両、止めろ。お手付きは禁止だ」
「はぁ…ケチな男は嫌われるぞ。お前、愛人たちを解散させたそうじゃな?」
「飽きたんだよ。毎日寿司食ってても疲れるだろ」
「それでこの女か?」
私は首を後ろに倒して閻魔を見上げる。
下から見ても悔しいことに面の良さは変わらないけれど、愛人たちを寿司と称する彼が、私のことをいったいどう思っているのかは少し気になった。
「やっぱり白米が一番うまい」
「ほう。そりゃあ、わしも賛成じゃ」
「はぁ……!?」
あのボンッキュッボボンッなお姉様方が高級な寿司で、私が白米とな。確かに米は何にでも合う。日本人のソウルフードである米は炒めれば中華の王道炒飯になるし、牛乳とチーズを加えればリゾットなんかにも変身する。
だけどよ、仮にも新妻を「白米」て。
愛人が寿司で私が白米って。
太腿を撫でていたセクハラ女は、静かに怒りを燃え上がらせる私の真正面から、むんずと胸を掴んだ。声にならない悲鳴が口から細く上がる。誰!?そして何…!?
「こっちもちょっと実りが悪いのう……」
「馬鹿、これから育つから良いんだ」
「鈴白さーん!小春ちゃんがヤられてるー」
堂々とセクシャルハラスメントを働く同性の女と、それに乗っかる閻魔に挟まれてあたふたしていたところ、遠くから救いの声が聞こえた。この声は三叉だ。
三叉の報告後すぐに鈴白が飛んで来て、黒両と呼ばれる女を私から引き離した。
「黒両!あんた風紀を乱すんじゃないよ!」
「おババ、まだ生きておったのか」
「なんだってぇ!?」
黒い髪を振り乱して、黒両は不機嫌そうに鈴白を睨む。年齢は私より少し上だろうか。化粧っ気のない白い顔だけど、目鼻立ちから彼女がかなりの美人であることが分かった。
「ええい、良いではないか!閻魔の嫁はわしの嫁じゃ」
「おい、黒両。お前もう一回部屋に引き篭っとけ」
「年が明けたから冬眠から醒めたんじゃ。せっかく女どもと遊んでやろうと思ったのに、一人も残さず追い出したなんて罪深いぞ……!」
「お前の許可が要るのかよ」
「偉そうにしおって…!閻魔の閨教育はわしがしたことを嫁にバラしてやるからな」
「教わってねーし、大嘘吐くな」
バタバタと暴れる黒両を鈴白は引き摺って去って行く。
私はその姿を見送りながら、彼女が八角の言っていたレアキャラなのかと合点した。たしかにちょっと変わっているけれど、悪い人ではなさそうだ。
というか。
誰も突っ込まないけれど、ごく自然にみんなが私のことを閻魔の嫁認定している。いや、ドタバタに紛れて結婚したと八角には言ったけれども。だけども。
「いやぁ、小春!めでたいな!」
そばに寄って来た黄鬼はニコニコと嬉しそうだ。
「その鶯色の着物も似合ってる。小春もこれでとうとう冥界の仲間入りなんだな~」
「あれ……?そういえば、」
私はいったいいつの間に着替えたのだろう。
八角に聞いた話では血塗れで冥殿に来たらしいけど、私には着替えた記憶がない。気付いたら朝だったし、朝の時点ではもうこの着物を着ていたし、朝私の隣には閻魔が……
「なぁ……っ!?」
「うお!びっくりした、どうした小春?」
「契約違反です、閻魔様……!」
睨み付ける視線の先で、閻魔は嫌な笑みを浮かべる。
世の中には知らない方が良いこともあるようで。
◆お知らせ
章タイトルを変更しました。
第二章は黒両のお話になります。
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