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第二章 傾城傾国
第三十一話 祝杯です
しおりを挟む「小春ちゃん…!会いたかった……!」
「八角さん、私もで───」
最後まで言い切る前に圧が高めの抱擁をいただいたので私は思わず息が止まった。そのまま締め殺されるのではないかと失礼な疑いを抱きながら「ギブです、ギブ!」と言えば、八角はハッとしたように開放してくれる。
「ごめんなさい、再会の喜びでつい……」
「大丈夫ですよ。私もまた八角さんに会えて嬉しいです」
「小春ちゃん…!」
再び伸びて来た腕からスッと距離を取りつつ、私は不在の間の冥殿の様子を尋ねてみた。
まだ鬼たちとも会えていないし、閻魔も今朝寝室を出て行って以降は行方知れずだ。突然結婚しろだのと言い出したくせに説明もなく姿をくらますなんて何事。
「んっとねぇ、久しぶりに黒両が部屋から出て来たぐらいで特に変わったことはないけど」
「黒両?」
「あ、小春ちゃんは会ったことがないわよね。黒両は冥殿に住んでる変わった女でね、滅多に部屋から出て来ないのよ。それが最近姿を見せたってわけ」
「そうなんですね。また、会ったら挨拶してみます」
「うーん、会話出来るかしらねぇ」
困ったように首を傾げる八角を見ながら私は瞬きをする。
「それより、昨日閻魔様が小春ちゃんを抱いて帰って来た時は本当にびっくりしたんだから!」
「抱えて……!?」
「そうそう。こうやってお姫様みたいに血塗れの女の子を抱えてるから話し掛けたら、なんと小春ちゃんだって言うじゃない!人間界まで行って殺して帰ったのかと思っちゃったけど……」
そこで八角は言葉を止めて黙る。
私が見つめる中、キラキラと光る黒目がちな瞳に涙が溢れてくるのが分かった。ぐぬ、と嗚咽を漏らさないように一文字に結んだ口元が震えている。
言葉を掛ける前に、とうとう八角は泣き出した。
吠えるような泣き声が冥殿の厨房に響く。
「なんで…!なんで死んじゃうのよ!会いたかったけど、こんな形で会いたくなかった!もっともっと、ボケてアタシたちのこと忘れるぐらい生きてほしかったのに……!」
「八角さん………」
「こんなんじゃ…素直に喜べないわよ」
そう言ってボロボロ涙を溢しながら、八角はふらりと流し台へ歩み寄る。
心配になって見守る視線の先で、飾り戸棚の一つを開ける手が見えた。見ると、とんでもない本数の酒が陳列されている。そのサイズも品揃えも桁違いだ。
「飲むっきゃないわね。飲みましょう!」
「え、待って、八角さん!」
「今日は八角デーよ!厨房はお休み!」
「そんな独断で大丈夫なんですか…!?」
私の焦りなどものともせずに、八角は三本ほどの酒を抱えて戻って来た。ドンッと調理台の上に置かれたそれらを見る八角はすでに目が座っている。
鈴白あたりが来たら怒声が飛ぶのではないかと私はヒヤヒヤするけれど、どうやら八角は止まる気など無いようで。
一番大きな瓶を掴むと、あっという間に栓を開けて一気に流し込んだ。見るに気持ち良いほどの飲みっぷり。しかし、問題は今日がまったく宴会なんかではなく、この場所が冥王のお膝元であるということ。
「おうおう、八角。随分と気持ち良さそうに飲むなぁ」
「ひ……っ!」
何処から現れたのか、私の背後には閻魔が立っていた。
恐ろしく爽やかな笑顔を浮かべている。
この男がこんなにニコニコ笑う時は、大抵次の瞬間にとんでもなく恐ろしいことが起こる合図。私は以前、閻魔にぶん回されて遥か彼方に飛んでいった黄鬼のことを思い出した。
狩られてしまう。
八角が、狩られてしまう…!
「え、閻魔様!違います、これはあの…私の結婚祝いに開けてくださって……!」
「………へぇ」
「みんなでお祝いしようって話してたんです。ね、八角さん?」
「ほえ?」
ふわっと酒気を放ちながら首を傾げる八角に胸に、私は新しい酒瓶を押し付ける。
「飲みましょう!八角さん!」
「ほにゃ……」
「閻魔様と、私の結婚を祝して!はい…乾杯!」
小さな瓶を開けて勢いよく傾ける。
透明な瓶越しに薄く笑う閻魔が見えた気がした。
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