契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
28 / 53
第一章 合縁奇縁

第二十七話 三途の川◆閻魔視点

しおりを挟む


 なんてことない日のことだった。

 年が明けても死人が減るわけでもないので、休み前よりも増えた書類の山を前に大きな溜め息を吐く。ふと隣に目をやると「こちらも忙しいのだ」とでも言うかのように、うんざりした顔の青鬼が新しいファイルを抱えて立っていた。

「青鬼…お前、なんか良い匂いがするな?」
「あぁ。小春に貰ったクリームですね、肩凝りに効くっていう」
「そんなもの貰ってたのか。ちょっと良いな」
「閻魔様も使いますか?」
「ん、今日はやめとく」

 そうですか、と相変わらずの無表情に戻って青鬼は部屋を出て行く。年末に赤鬼と小春が掃除してくれたらしい執務室は、今ではすっかり元通り散らかっている。

 気紛れに冥婚の契りを結んだ人間の娘は、元気に暮らしているのだろうか。柄にもなく他人の様子を考えているのはきっと、再び人手不足に陥った鬼たちが毎日のように小言を言ってくるからだろう。

 もともと生きた人間が冥界に居ること自体が特殊だったのだ。口封じのためとはいえ、下働きとして雇ったのは悪ふざけが過ぎたと今では悔いている。

 たった一人、今まで居なかった人間が元の世界に帰っただけだというのに、八角を始め冥殿で働く者たちまでもがシケた面をしている。今週の冥界はめでたい正月というよりも葬式に近い。

 かく言う自分も、適当に側に置いていた女たちに慰めを求める気にもなれず、ただぼんやりと毎日をやり過ごしていた。暇を持て余した女たちは漂うおぼろにちょっかいを掛けているようだが、意志のない朧にそんなものが届くはずもなく。

(………一度、畳もうか)

 女たちの愚行を見かねた鈴白からは「管理の出来ない愛人を無闇に囲うな」という厳しめの忠告を受けた。その場ではへらりと流したけれど、確かに彼女たちのためにも冥殿から解き放って行くべき場所に送り込んだ方が良いのかもしれない。それはつまり、地獄の何処かなのだが。


 また恨まれそうだな、と向けられるであろう憎しみを思って気分を落とした。するとそこで、何やら背後から走って来る足音が聞こえたので振り返る。

 スパンッという心地良い音と共に襖を押し開けたのは、息を切らした黄鬼だった。最近やけに歯が白くなった彼は、どうやら就寝前の歯磨きを徹底しているらしい。

「閻魔様……!」

 大きな目が更にこれでもかと見開かれる。
 何かただならぬ事態であることは分かった。

「どうした?」
「突然すみません、さっき脱衣婆だつえばから届いた報告なんですが…ちょっと、自分でも信じられなくて……あの、」
「良いから言ってみろ、何が届いたんだ?」

 脱衣婆というの冥界の端に流れる三途の川のほとりで暮らす老婆のことで、一説では先先代の閻魔大王の妻であるとか、極悪人御用達の遊女であったとか、様々な噂が飛び交っているが、結局のところは誰も真相を知らない。

 無口なその老婆は日々の死者の人数や死に至った大まかな背景といった情報を鬼たちに伝える役割を果たしていた。

 黄鬼は迷った末に恐る恐る口を開く。
 その唇がわずかに震えていることに気付いた。


「小春の…名前がありました」
「………は?」

 聞こえていないと思ったのか、鬼は語気を強める。

「だから、一条小春の名前があったんです!閻魔様が裁くリストに小春の名前が上がってるんですよ…!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...