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第一章 合縁奇縁
第二十七話 三途の川◆閻魔視点
しおりを挟むなんてことない日のことだった。
年が明けても死人が減るわけでもないので、休み前よりも増えた書類の山を前に大きな溜め息を吐く。ふと隣に目をやると「こちらも忙しいのだ」とでも言うかのように、うんざりした顔の青鬼が新しいファイルを抱えて立っていた。
「青鬼…お前、なんか良い匂いがするな?」
「あぁ。小春に貰ったクリームですね、肩凝りに効くっていう」
「そんなもの貰ってたのか。ちょっと良いな」
「閻魔様も使いますか?」
「ん、今日はやめとく」
そうですか、と相変わらずの無表情に戻って青鬼は部屋を出て行く。年末に赤鬼と小春が掃除してくれたらしい執務室は、今ではすっかり元通り散らかっている。
気紛れに冥婚の契りを結んだ人間の娘は、元気に暮らしているのだろうか。柄にもなく他人の様子を考えているのはきっと、再び人手不足に陥った鬼たちが毎日のように小言を言ってくるからだろう。
もともと生きた人間が冥界に居ること自体が特殊だったのだ。口封じのためとはいえ、下働きとして雇ったのは悪ふざけが過ぎたと今では悔いている。
たった一人、今まで居なかった人間が元の世界に帰っただけだというのに、八角を始め冥殿で働く者たちまでもがシケた面をしている。今週の冥界はめでたい正月というよりも葬式に近い。
かく言う自分も、適当に側に置いていた女たちに慰めを求める気にもなれず、ただぼんやりと毎日をやり過ごしていた。暇を持て余した女たちは漂う朧にちょっかいを掛けているようだが、意志のない朧にそんなものが届くはずもなく。
(………一度、畳もうか)
女たちの愚行を見かねた鈴白からは「管理の出来ない愛人を無闇に囲うな」という厳しめの忠告を受けた。その場ではへらりと流したけれど、確かに彼女たちのためにも冥殿から解き放って行くべき場所に送り込んだ方が良いのかもしれない。それはつまり、地獄の何処かなのだが。
また恨まれそうだな、と向けられるであろう憎しみを思って気分を落とした。するとそこで、何やら背後から走って来る足音が聞こえたので振り返る。
スパンッという心地良い音と共に襖を押し開けたのは、息を切らした黄鬼だった。最近やけに歯が白くなった彼は、どうやら就寝前の歯磨きを徹底しているらしい。
「閻魔様……!」
大きな目が更にこれでもかと見開かれる。
何かただならぬ事態であることは分かった。
「どうした?」
「突然すみません、さっき脱衣婆から届いた報告なんですが…ちょっと、自分でも信じられなくて……あの、」
「良いから言ってみろ、何が届いたんだ?」
脱衣婆というの冥界の端に流れる三途の川のほとりで暮らす老婆のことで、一説では先先代の閻魔大王の妻であるとか、極悪人御用達の遊女であったとか、様々な噂が飛び交っているが、結局のところは誰も真相を知らない。
無口なその老婆は日々の死者の人数や死に至った大まかな背景といった情報を鬼たちに伝える役割を果たしていた。
黄鬼は迷った末に恐る恐る口を開く。
その唇がわずかに震えていることに気付いた。
「小春の…名前がありました」
「………は?」
聞こえていないと思ったのか、鬼は語気を強める。
「だから、一条小春の名前があったんです!閻魔様が裁くリストに小春の名前が上がってるんですよ…!」
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