契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
27 / 53
第一章 合縁奇縁

第二十六話 朝ごはんです

しおりを挟む


 まだ長期休暇気分が抜け切っていない身体に鞭打って、今日は早起きをして朝ごはんを作ってみた。

 卵を二つ割って卵焼きを作り、炊き立ての米を器によそう。味噌汁を注いだ頃には魚焼きグリルで調理していた鮭も良い感じに焼き目が付いていた。

「うん、美味しそう!いただきます!」

 はひはふと湯気を立てる米を口に運ぶ。
 もちっとした米は奮発して買った少し良いお米なだけあっていつもの米と違う気がした。或いは珍しく朝から気合いを入れたからそう思うのかもしれない。

 味噌汁には豆腐とわかめを。いつ買ったのか分からない乾燥わかめだけど、乾燥しているのを良いことに賞味期限は特に確認せずに入れてみた。ちゃんと広がってくれるし全然問題はなさそう。

(八角さん…料理って楽しいですね)

 冥殿の厨房は彼にとっての城だった。
 いつも白い割烹着を着て、忙しそうに鍋に向かう背中を見るのが好きだった。「忙しい忙しい」と言うわりに眩しい笑顔を浮かべていて、パタパタと走り回る姿が羨ましかった。

 それだけ一生懸命に何かに向かえるって良いことだ。生前は大工さんをしていたと言っていたけれど、私は勝手に八角は今の方が楽しいのではないかとすら思っていた。


「……っと、いけない。図書館に行くんだった」

 慌てて食べ終わった皿をシンクへと運ぶ。

 久しぶりにマイルームで迎える週末を、何をして過ごせば良いか分からず、私はとりあえず図書館へ行くことにしたのだ。図書館ならばたくさんの本の中から好きなものを選ぶことが出来るし、持ち帰ってもまた返却出来るから家にものが増えることもない。

 土日は特に年配の方や子連れが多いその場所に、あまり積極的に足を運ぶことはなかったけれど、人が多い都心に出向くのも疲れるし、今日は近場でゆっくりしたい気分。徒歩で往復三十分の距離にある図書館はちょうど良い散歩にもなる。

 私は少し大きめのトートバッグを掴んで家を出た。
 外はわたあめのような雲を散らした快晴。



 ◇◇◇



 しなりとした白い身体に茶色と黒の斑点をまとったその猫を見つけたのは、大通りを曲がって図書館へと続く細道に入った時だった。

 車一台がやっと通れるぐらいの道の真ん中をゆらゆらと歩く猫は、気まぐれに立ち止まってはこちらを振り返る。くるんと曲がる尻尾はまるで猫の気分を表しているように自由自在に揺れている。

(なんだか…三叉さんみたい)

 向かう方向が同じなので、私は内心可笑しくなりながらその後を追い掛ける。

 鬼たちは三叉さんのことを化け猫のあやかしだと言っていたから、もしかして人間界に遊びに来ていたりするのだろうか。だけど、今はもう人間界には居場所がないとも言っていたような……

 一人で考え込んでいたら、現れたときと同様に猫はふいっと民家の垣根を越えて姿を消してしまった。私の背丈よりも高いその囲いを登るわけにもいかず、肩を落としてまた歩き出す。


 目前には、目的地である図書館の煉瓦で造られた壁がようやく見え始めていた。

 その時、風に乗って子供の高い声が耳に届いた。
 目をやると右手にこじんまりとした公園があり、まだ保育園に通っているほどの幼い子供たちが走り回っている。普段、オフィス街に通勤している身としては珍しいその小さな生き物に、私はハッとした。

 そういえば、旧家に帰っている間に連絡を取った友人たちの中にも、子供が生まれて母となっている者は少なくなかった。私がダラダラと家と会社の往復に時間を費やして延長されたモラトリアムを生きている間も、彼らは着々と人生の駒を進めていっていたのだ。

 考え込んでいた視線の先に青いボールが転がって来る。
 その丸い球を追い掛けて、たどたどしい走り方で駆けてくる男の子を微笑ましく見ていたら、細い路地を飛ばしてこっちに向かう車が目に入った。

 それはまるでスローモーションのようで。

 男の子の方へ手を伸ばす母親の恐怖に歪んだ顔を横目に、私は自分よりも小さな身体を抱き寄せて、力一杯公園の方へ押し返した。彼の母が無事に子供を受け止めてくれたのかは分からない。

 ただ、とんでもなく強い衝撃を身体全体で感じた。
 何も考えられなくなるぐらいの、一瞬の大きな力を。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...