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第一章 合縁奇縁
第二十三話 人間です
しおりを挟む驚くべきことに、閻魔は一人だった。
てっきりダイナマイトボディなお姉様方に囲まれて夢うつつだと思っていたから、私は拍子抜けする。私だって年齢的には十分お姉様の部類だけど、あの色気はきっと死ぬまで出すことは出来ないだろう。
「閻魔様……」
部屋の入り口でわずかに開いた隙間から声を掛ける。
冥界の王はすやすやと眠っているのか、布団の中でピクリとも動かない。普段は恐ろしくて直視できない御尊顔を拝むチャンスだと気付いたので、足音を立てないように少しだけ近付いてみた。
悔しいけれど、なかなか良い顔をしている。
閻魔大王といったらもっとこう、酒飲みの如く真っ赤な顔で、なんか眉毛が極太で、目がギョロッとした感じではないのだろうか。何かのテレビで、神様や仏様はすべて人が作り出したイメージ、と聞いたことがあるけれど本当らしい。
化け猫のあやかしである三叉に名前があるように、閻魔にも「五代」という名前があるみたいだけど、どういうわけか彼は積極的にその名前を使っていないようだ。冥殿で働く人たちも鬼たちも皆、閻魔のことを名前で呼ばない。
ただ一人、私が出会った彼女を除いて。
物思いに耽っていると、ふるふると瞼が少し震えて、赤い双眼が私を捉えた。結構な至近距離で見入っていた私は驚いて身を引く。これではただ寝顔を覗き見していた気持ち悪い女じゃないか。
「……なんだ、小春か」
「私で悪かったですね。鬼たちに言われて来ました」
「ああ。そういえば連絡してなかったな」
「閻魔様でも風邪を引くんですね」
私の言葉を聞いて閻魔は不思議そうに目を丸くする。
「お前は俺が不死身だとでも思ってんのか」
「不死身ではあるでしょう」
「確かに人間の生きる世界よりは時間の流れは遅いが、俺たちだって命は削られていく」
「どういうことですか……?」
「死んでから長い年月が経てば、記憶は消えるし、自分の存在だって薄くなる。お前だって目にしただろう。半面を付けた人間たちは朧と呼ばれる名無しだ」
首を傾げる私に対して、閻魔は朧になった人間たちは自分が何者であるかや言葉すらも無くして魂だけが残り続けるのだと説明した。彼によると、それは器だけ残った状態で命は入っていないのだと。
三叉や鬼たちは人ではないからその類ではないらしく、私は自分の頭を整理するために聞いた話について考える。つまり、冥界を構成するのは「かつて人であった者」「あやかしや鬼などの人外」だけど、人であった者は経過した年数によって半面付きの朧とそれ以外に分かれるということ。
「………あれ?」
「どうした?」
素っ頓狂な声を上げる私をおかしそうに閻魔が見つめる。
上体を起こした彼の身体は着物が少しはだけており、隙間から覗く肌に私は思わず目を逸らした。病人相手にうっかり色気を感じるなんて失礼な話。
「あの、閻魔様の命も削られるのですか?」
彼本人が言っていた説明を思い起こす。
閻魔は「俺たち」と表現した。
「そうだな。俺だって擦り切れていく。同じことだ」
「え?閻魔様が居なくなったら誰が裁きを……?」
混乱する私の頭の中を読んだように閻魔はフッと笑った。私は無駄に高鳴る心臓に向かって、静かにするよう命令を送る。どうにも今日は調子が悪い。
「俺が居なくなったら次の誰かが引き継ぐだけだ。閻魔大王ってのは別に専売特許じゃないし、俺だってもとはお前と同じ人間なんだよ」
「………っな、」
「驚いたか?」
そう言って笑うと、閻魔は小さく咳き込んだ。
言葉が出てこないのは驚きのせいか、それとも心臓に悪い彼の笑顔のせいなのか。
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