契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
24 / 53
第一章 合縁奇縁

第二十三話 人間です

しおりを挟む

 驚くべきことに、閻魔は一人だった。

 てっきりダイナマイトボディなお姉様方に囲まれて夢うつつだと思っていたから、私は拍子抜けする。私だって年齢的には十分お姉様の部類だけど、あの色気はきっと死ぬまで出すことは出来ないだろう。

「閻魔様……」

 部屋の入り口でわずかに開いた隙間から声を掛ける。
 冥界の王はすやすやと眠っているのか、布団の中でピクリとも動かない。普段は恐ろしくて直視できない御尊顔を拝むチャンスだと気付いたので、足音を立てないように少しだけ近付いてみた。

 悔しいけれど、なかなか良い顔をしている。
 閻魔大王といったらもっとこう、酒飲みの如く真っ赤な顔で、なんか眉毛が極太で、目がギョロッとした感じではないのだろうか。何かのテレビで、神様や仏様はすべて人が作り出したイメージ、と聞いたことがあるけれど本当らしい。

 化け猫のあやかしである三叉に名前があるように、閻魔にも「五代」という名前があるみたいだけど、どういうわけか彼は積極的にその名前を使っていないようだ。冥殿で働く人たちも鬼たちも皆、閻魔のことを名前で呼ばない。

 ただ一人、私が出会った彼女を除いて。

 物思いに耽っていると、ふるふると瞼が少し震えて、赤い双眼が私を捉えた。結構な至近距離で見入っていた私は驚いて身を引く。これではただ寝顔を覗き見していた気持ち悪い女じゃないか。


「……なんだ、小春か」
「私で悪かったですね。鬼たちに言われて来ました」
「ああ。そういえば連絡してなかったな」
「閻魔様でも風邪を引くんですね」

 私の言葉を聞いて閻魔は不思議そうに目を丸くする。

「お前は俺が不死身だとでも思ってんのか」
「不死身ではあるでしょう」
「確かに人間の生きる世界よりは時間の流れは遅いが、俺たちだって命は削られていく」
「どういうことですか……?」
「死んでから長い年月が経てば、記憶は消えるし、自分の存在だって薄くなる。お前だって目にしただろう。半面を付けた人間たちはおぼろと呼ばれる名無しだ」

 首を傾げる私に対して、閻魔は朧になった人間たちは自分が何者であるかや言葉すらも無くして魂だけが残り続けるのだと説明した。彼によると、それは器だけ残った状態で命は入っていないのだと。

 三叉や鬼たちは人ではないからその類ではないらしく、私は自分の頭を整理するために聞いた話について考える。つまり、冥界を構成するのは「かつて人であった者」「あやかしや鬼などの人外」だけど、人であった者は経過した年数によって半面付きの朧とそれ以外に分かれるということ。


「………あれ?」
「どうした?」

 素っ頓狂な声を上げる私をおかしそうに閻魔が見つめる。

 上体を起こした彼の身体は着物が少しはだけており、隙間から覗く肌に私は思わず目を逸らした。病人相手にうっかり色気を感じるなんて失礼な話。

「あの、閻魔様の命も削られるのですか?」

 彼本人が言っていた説明を思い起こす。
 閻魔は「俺たち」と表現した。

「そうだな。俺だって擦り切れていく。同じことだ」
「え?閻魔様が居なくなったら誰が裁きを……?」

 混乱する私の頭の中を読んだように閻魔はフッと笑った。私は無駄に高鳴る心臓に向かって、静かにするよう命令を送る。どうにも今日は調子が悪い。


「俺が居なくなったら次の誰かが引き継ぐだけだ。閻魔大王ってのは別に専売特許じゃないし、俺だってもとはお前と同じ人間なんだよ」
「………っな、」
「驚いたか?」

 そう言って笑うと、閻魔は小さく咳き込んだ。
 言葉が出てこないのは驚きのせいか、それとも心臓に悪い彼の笑顔のせいなのか。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...