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第一章 合縁奇縁
第二十二話 お見舞いに行きます
しおりを挟む三が日は大変慌ただしく過ぎて行った。
突然携帯に電話が入って、母と父が揃って旧家を訪れて来たのだ。正月に遊びに来る暇があるなら、そもそも娘に掃除を丸投げしたりせずに協力してほしいと思う。しかし、一緒に初詣を済ませた両親は、昼食だけ食べると「明日からハワイへ飛ぶ」と告げて帰って行った。
いくつになっても元気なのは良いこと。
過ぎ去る赤い車を見送って、ほっと息を吐いた。
冥界も正月休み的なものはあるようで、昨日と一昨日は鬼三兄弟も仕事モードではなかったので私は彼らとトランプをするだけで帰って来た。閻魔も眠そうな顔で姿を見せたけれど、それは一瞬のことで、すぐに鈴白に呼ばれて何処かへ行ってしまった。
時計はそろそろ三時になろうとしている。
少し早いけれど、もう顔を出しに行こうか。なにを隠そう今日は私のラストデー。明日は東京に移動しなければいけないし、あのよく分からない契約を解いてもらわないと。
(夢みたいな毎日だったな……)
こうして考えると夢だったような気もする。
私は洗面所へ移動して買っておいた新しい歯ブラシを透明なビニール袋に入れた。すっかり人間界の歯ブラシの虜になった黄鬼に、ストックとして渡すつもりだった。
赤鬼には肩掛け出来るショルダーバッグを。だいたいいつもトラ柄のパンツから物を出そうとする彼に、携帯できる鞄というものを教えてあげたい。クールな青鬼にはストレスを緩和する良い香りのマッサージクリーム。ちょっと女子っぽいような気もするけど、まぁ敢えて反応を見てみるのも良し。
閻魔には、近くの神社で買った御守り。これ以上彼から変な契約を吹っ掛けられては堪ったもんじゃないので、縁切りで有名な御守りを更に祈祷してもらった。死後の私の魂が安らかに極楽に流れるように前もって保険を掛けておく。
私は意を決して冥界へ向かった。
「え?閻魔様が風邪?」
「ん~なんか噂によるとな。俺も直接会ってないけど」
私が与えた歯ブラシの袋を大事そうに抱えて、黄鬼は困ったように眉を寄せる。その後ろで青鬼がクリームを舐めようとしているのを見て、私は慌てて取り上げた。使い方を説明して見せると、青鬼はやはり顔色ひとつ変えずに頷く。
「今日もお仕事は休み?」
「おん。閻魔様が起きて来なきゃ何したら良いか分かんねぇしよ~」
「だなぁ…なんか届く書類はあるんだけど、最終的な判断は俺たちじゃ出来ないし」
「そろそろ極楽からも急かされそうだよな」
「誰か様子見に行ってくれりゃあ……」
そう言ってチラッと私を見る六つの眼を前にして、私は固まってしまう。何だろう、この期待に満ちた目。え、もしかして鬼三兄弟は私に閻魔の様子を見て来いと言っている?
とりあえず気付かないフリをして「じゃあ今日はババ抜きでもしますか!」と声を掛けてみる。信号機トリオはスッと私から目を離して何やらお互いで目配せをした。
「小春にしか頼めないんだよなぁ~」
「俺たちが行ったら風邪が移るかもしれねぇし」
「いや、私だって移りますから」
「冥界の風邪は冥界の者にしか移らないからなぁ~」
本当なのかそれは。にわかに信じがたいけれど、このジト目を前に延々と恨み節を聞くのも苦しいので、渋々承知して私は冥殿に向かうことになった。
スッキリした顔の鬼たちに見送られて私は歩き出す。
弱った閻魔なら怖くないような気もする。だけど、また彼の私室に入ってグラマラスな愛人たちに睨まれるのはあまり良いものではない。鬼たちによると、閻魔が囲う美女軍団は厳密に言うと生きている人間ではなく、なんらかの理由があって冥界に落ちた者らしい。
冥界に住まう人はすでに現世に魂がない。
それは、私に良くしてくれる八角や鈴白も、中庭の池の中で泳ぐ鯉だって同じこと。街を行き交う半面を付けた者たちもまた、亡霊なのだと聞いて私は複雑な気持ちになった。
思い返すのは、宴会の日に出会った女。
閻魔の母であるらしい彼女は、彼のことを「人殺し」であると言った。冥界の王には私なんかが知り得ない過去がわんさかあるのは分かる。それこそ、彼がいったい何故この世界で閻魔大王として人を捌いているのか私は知らない。
「こんばんは……」
冥殿の門番にいつものように挨拶をする。
狐の反面を付けた男は変わらない様子で頷いて門を開けた。
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