12 / 53
第一章 合縁奇縁
第十一話 契約書を見つけます
しおりを挟む出逢ったのは、桜の花が咲く季節だ。
小学校の入学式の日だった。「桜」の名が付くその小学校の校庭は、満開の桜並木に包まれていた。
講堂で式が終わると、小さな新入生のおれたちは教室に詰め込まれた。おれの隣の席に座ったのは、中でも一際ちっちゃな女の子だった。おれはその子に名前を訊いた。
すると、その子がおれの方に顔を向けた。目が合った。おれの心を射抜くような、強い眼差しだった。
その瞬間——おれの心臓が止まった。
実際はそんなことはありえないのだが、確かにそう感じた。あんなに突然、心が身動きできなくなったのは、あとにも先にもあのときだけだ。
おれがなにも言えないまま、じーっと見つめていると、その子は怪訝な顔をして視線を逸らせた。
どうも名前は教えてくれなさそうなので、机の上に貼ってあった紙に書かれた、その子の名前と思われるひらがなを読んでみた。思いがけず、大きな声になってしまった。周りの者が一斉にこちらを振り向く。
すると、その子はますます不機嫌な顔になった。
最初は無視するような態度をとっていたその子も、そのうちおれの話を聞くようになり、時折笑みを見せるようにまでなった。つんとすました顔も彼女が持つ端正な顔立ちが際立って魅力的だが、まるで氷が解けるようにゆっくりとやわらいで愛らしくなっていく笑顔の方がやっぱりいい。
おれは彼女の興味を引くおもしろい話をして、なんとかその顔を引き出そうと努めた。
あの頃、おれはなんであんなにがんばれたんだろう。
平日は私立の中学を狙うような塾に通って勉強しながら、土日は地域の少年サッカーのチームにも入って練習に明け暮れていた。おまけに、ずーっと学級代表を任され、六年生のときには児童会長までやっていた。
毎晩へとへとになって布団にもぐりこみ、気がついたら朝を迎えていた。だが、たとえどんなに疲れていても、朝起きて、飯を食って、学校へ行き、彼女の顔を見ると、またどこからか力が湧いてきた。
どれもやめようと思ったことはなかったが、唯一やめたのはスイミングスクールだった。身体を動かすことが好きで体育は得意科目だったが、どういうわけか水泳だけはダメで、大人になった今でもほとんど泳げない。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
ある日の放課後、教室の前に置かれていたオルガンをおれは一人で弾いていた。
弾く、と言っても習ったことがないので右手だけで、しかも当時アラサーだった音楽の先生が「ウルトラマンの中ではこの歌が一番好きなの」と言って、おれたちに歌わせていた「帰ってきたウルトラマン」だけだ。
しかし、それも完璧ではなく、いつも途中でメロディーがわからなくなっていた。
この日も同じところで止まった。
そこへ彼女がふらっと入ってきて、続きを弾きだした。オルガンを弾く彼女の指ではなく、少し得意げな笑みを浮かべた横顔を、おれはじっと見つめた。
彼女が「帰ってきたウルトラマン」を弾き終わった直後、おれは彼女の頬に軽く、自分のくちびるをくっつけた。
彼女がびくっとしておれの方を見た。その目が怒っている。
なのにおれは、反射的に彼女を引き寄せ、抱きしめてしまった。彼女は必死でもがいて、おれの腕の中から脱出しようと試みた。
だが、おれは痩せてはいるが男子の中では背が高く、女子の中でも小さな彼女が振り払えるような相手ではない。そのうちに観念したのか、おとなしくなった。
女っていうのは、本当に力のない生き物なんだな、としみじみ思った。
おれは彼女を抱きしめた手に、さらに力を込めた。
そのとき、生まれて初めて、自分の身体のあの部分が固くなるのを感じた。
10
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる